昭和天皇 1901(明治34)年4月29日、皇太子時代の大正天皇と貞明皇后の第1子として生まれた。名は裕仁(ひろひと)、幼少時の称号は迪宮(みちのみや)。21(大正10)年に20歳で摂政に就き、26年大正天皇が亡くなり、天皇に即位した。24年に結婚した香淳皇后との間に男女7人の子をもうけた。即位後、日本は満州事変などを経て太平洋戦争に突入。45年8月10日と14日の御前会議でポツダム宣言受諾を決断し戦争終結を判断、15日にラジオを通じて終戦を国民に伝えた。46年、官報で天皇の神格性を否定する「人間宣言」を発表。46~54年には戦災に遭った国民を励ますため、米統治下にあった沖縄県を除く46都道府県を巡った。71年に英国など欧州を歴訪、75年には米国を訪問した。海洋生物や植物の研究者としても知られた。89年1月7日、十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺がん)のため87歳で死去。62年余の在位期間は歴代最長。

1901年

4月29日 大正天皇の長男として誕生

1912年

7月30日 明治天皇死去(昭和天皇実録では29日)。皇太子に

1921年

3月3日~9月3日 初の欧州歴訪。英国など5カ国を公式訪問
11月25日 大正天皇の病状回復せず、摂政に就任

1924年

1月26日 香淳皇后と結婚

1926年

12月25日 大正天皇死去、天皇に即位

1928年

3月8日 次女祐子(さちこ、久宮)が生後約6カ月で死去
11月10日 京都で即位礼。14~15日に大嘗祭(だいじょうさい)

1932年

5月15日 五・一五事件

1933年

12月23日 皇太子(現天皇)誕生

1936年

2月26日 二・二六事件

1941年

12月8日 真珠湾攻撃で太平洋戦争開戦

1945年

8月10日天皇の地位存続を条件に、御前会議でポツダム宣言受諾案を支持
14日御前会議で無条件での同宣言受諾を決定
15日戦争終結の詔書をラジオで〝玉音放送〟

1946年

1月1日 新日本建設に関する詔書〝人間宣言〟発表
3月6日 木下道雄侍従次長に退位の意思がないことを伝える

1947年

9月19日 寺崎英成御用掛が連合国軍総司令部(GHQ)の外交局長に、
米国による沖縄占領の継続を望むという天皇の意向を伝える

1952年

4月28日 サンフランシスコ講和条約発効、日本の独立回復。
沖縄などは米国の施政下に

1956年

12月18日 日本が国際連合加盟

1959年

4月10日 皇太子が結婚

1960年

2月23日 浩宮(現皇太子)誕生

1961年

7月23日 長女東久邇成子(ひがしくに・しげこ、照宮)が35歳で死去

1971年

9月27日~10月14日 天皇として初の外遊で英国など欧州歴訪

1972年

5月15日 東京都内で開かれた沖縄復帰記念式典に出席

1974年

4月1日 人事院から小林忍侍従が着任

1975年

9月30日~10月14日 初の米国訪問

1987年

4月29日 86歳の誕生日祝宴で嘔吐(おうと)
9月22日 十二指腸から小腸にかけてのバイパス手術。
後日、膵臓(すいぞう)の悪性腫瘍と診断。宮内庁は病名を「慢性膵炎」と発表

1988年

4月28日 富田朝彦宮内庁長官に、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に不快感示す
8月15日 全国戦没者追悼式に出席。公式行事出席は最後に
9月19日 大量吐血

1989年

1月7日 87歳で死去。
宮内庁は病名を「十二指腸乳頭周囲腫瘍(腺がん)」と初めて公表
2月24日 大喪の礼

2000年

6月16日 香淳皇后死去