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食料安保で幅広い連携を 食の未来巡り識者が議論 東京農大で白熱のシンポ

 東京農業大の世田谷キャンパス(東京都世田谷区)で昨年12月17日、食の未来を巡るシンポジウム「持続可能な食と地域を考える―SDGsと食料安全保障の視点から」(JA全中、株式会社共同通信社主催、全国町村会、東京農大、経団連、日本生活協同組合連合会協力)が開かれた。

 ほぼ5年ごとに見直す国の「食料・農業・農村基本計画」の改定作業をにらみ、6人の有識者が、食と農の「持続可能性」に“黄信号”を突き付けるさまざまな課題を論議し、あるべき食の未来に向け、解決の糸口を探った。シンポジウムでは、食料安保という観点で「幅広い連携が必要だ」ということを確認した。

 会場の百周年記念講堂には東京農大の学生や企業関係者ら約500人が参加。いろいろな角度から食の未来に関わる重要な視点を提供する、有識者の議論に耳を傾けた。

 シンポジウムの冒頭、東京農大教授の堀田和彦氏が、「農村」の維持のためには多くの関係者を巻き込んだ「新たな国民運動が必要になる」と課題提起を行った。

 それを受け、全国農業協同組合中央会(JA全中)代表理事会長の中家徹氏、全国町村会経済農林委員長で、長野県長和町長の羽田健一郎氏、経団連農業活性化委員会企画部会長で、NTT副社長の井伊基之氏、コープデリ生活協同組合連合会常務理事の山内明子氏、料理研究家の森崎友紀氏が意見を交換した。進行役は、共同通信アグリラボ所長の石井勇人氏が進行を務めた。各氏の発言要旨は次の通り。

新たな国民運動を

東京農大教授・堀田和彦氏

東京農大教授・堀田和彦氏

 国内の農村を維持できなければ、農業は厳しい状況に置かれる。農業の効率性だけではなく、子育て、学校、病院、お祭りなどの担い手が存在する「農村」そのものを維持しなければならない。

 そのためには、食育の強化や国産品の消費拡大などを目指し、生産者や消費者、教育・福祉関係者、料理人、行政、団体、企業など多くの関係者を巻き込んだ「新たな国民運動」が必要になる。

 地域・農村の本源的な価値を確認して、連携を深めていくことが大切だ。地域、農山村を持続可能にすることが、国民が求める食料の安定供給や農業生産の維持、持続可能な開発目標(SDGs)の達成につながる。

 連携がまだ十分に深まっていないのは、関係者の危機感の欠如が原因だろう。日本と比べるとヨーロッパの人々は地元の農家の農産物を意識的に食べている。そうしないと地域の農業を守れないという危機感があるからだ。日本社会はこうした危機感がまだまだ希薄。もっと危機感を共有し、関係者の連携を強めていかなければならない。

食料安保、基本計画の柱に

JA全中会長・中家徹氏

JA全中会長・中家徹氏

 食は農業者だけの問題ではなく、国民全体の問題として議論しなければならない。日本の食料安定供給のリスクが高まっているからだ。カロリーベースの食料自給率は2018年、過去最低の37%。さらに生産基盤の農地と農業人口は減少し、自然災害が多発している。農産物の輸入増加や、アジア、アフリカの人口増など国際的な要因がもたらす国内農業への影響も懸念される。

 食料の安定供給のためには、食や農村に関わる組織や団体、消費者ら関係者と議論して理解を得ながら、連携して農業者の所得向上に取り組む必要がある。

 たとえば、私の地元のJA紀南(和歌山県田辺市)は、消費者の食生活の変化を踏まえ、果実をドライフルーツにして提供する所得向上策に着手し、持続可能な農業の実現に取り組んでいる。

 農林水産省が策定中の「食料・農業・農村基本計画」は、食料の安定供給、食料安保を柱にすべきだ。生産基盤の強化で国内生産を拡大し、農業と農村への信頼、理解醸成を図り、国産農畜産物の消費拡大などを進めることだ。

農村政策で財政措置を

全国町村会経済農林委員長・羽田健一郎氏(長野県長和町長)

全国町村会経済農林委員長・羽田健一郎氏(長野県長和町長)

 国の農政は「産業政策」にかじを切りすぎ、本来は産業政策とともに農政の“車の両輪”たるべき「農村政策」がおろそかにされている。このため、さまざまな「農政改革」のたびに、農政の「中央集権化」が進んでおり、地方の立場からは危機感を覚える。

 全国町村会は持続可能な食を支える農村振興のための自治体への財政措置として、既存の補助金や交付金を整理・統合した「農村価値創生交付金」の創設を国に求めている。

 長和町は面積の93%を森林が占める中山間地域だ。小さな土地でも生産性が上がるトマトやアスパラガスなどの特産品開発に力を入れている。

 長和町は2008年度から東京農大と連携協定を結び、農業体験の実習フィールドを東京農大生に提供した。荒廃した遊休農地の再生や、桜の植樹など学生と一緒に山村再生プロジェクトにも取り組んでいる。

 人口減で一時途絶えていた町伝統のみこし奉納も東京農大生の参加で復活した。文化伝承も農村、農業が持つ多面的機能の一つだ。外からの若い世代の発想は、町民では気づかない農村振興のヒントになっている。

先端技術で生産基盤強化

経団連農業活性化委員会企画部会長・井伊基之氏(NTT副社長)

経団連農業活性化委員会企画部会長・井伊基之氏(NTT副社長)

 生産者と企業がともに成長できるようにイノベーション(技術革新)を実現することが重要で、先端技術の活用や物流の効率・高度化、農産物の輸出拡大を進めるべきだ。先端技術やノウハウの活用が、持続可能な食と地域づくりにつながる生産基盤の強化に貢献できる。

 農業活性化委員会では、農業と関係が深い企業が集まって議論をしている。農業分野と商工業分野を結ぶプラットフォーム(基盤)を創り、農業の課題解決へのニーズと企業の技術をマッチングしたり、事例集をまとめたりしている。意見交換の場も設け、連携強化の必要性を確認した。

 NTTグループはJAふくしま未来(福島市)と組み、ドローンと人工知能(AI)を組み合わせ、農産物の生育状況や病虫害の診断、予測に使おうと挑んでいる。

 農業の担い手が独りで全部やろうとせず、例えば起業した若者にドローンを飛ばしてもらう。こうした多様な連携により、産業も雇用も膨らんでいく。

生産と消費結ぶ産直

コープデリ生活協同組合連合会常務理事・山内明子氏

コープデリ生活協同組合連合会常務理事・山内明子氏

 首都圏を中心とした1都7県の生協が入るコープデリグループは、持続可能な生産と消費のために、産直(産地直送)に長年、取り組んでいる。

 顔の見える関係を築いた生産者からたくさんの野菜やコメ、肉を購入する。だからこそ、安全でおいしく、環境配慮も兼ね備えた、生い立ちのはっきりした農畜産物を組合員や消費者に届けることができる。

 生産者の協力を得て、消費者の親子らが産地を訪問して生産の苦労などを学ぶ機会を設けている。産地交流で、消費者の生産者への信頼、共感が生まれ、さらなる農産物の購入につながっている。

 最近では、消費者自らが人や社会・環境に配慮した消費行動をとる「エシカル(倫理的)消費」にも関心が高い。大型台風で傷が付いた被災地の農作物の販売を促進し、好評だった。

 安全・安心で新鮮な生産物を食べ続けたい。消費者には、国産の農産物が好評だ。幅広いニーズに応えてくれる、お手頃価格の農産物が望まれている。

意識したい食品ロス

料理研究家・森崎友紀氏

料理研究家・森崎友紀氏

 消費者の立場から食料について考えると、最近は食品ロスの問題が気になる。日本人は1日平均、1人当たり茶わん1杯分の食べられる食料を無駄にしている。食品ロスを防ぐアプリの利用が進んでいるものの、一番大事なのはやはり一人一人の意識だ。

 働きながら子育ても料理もするお母さんたちにとっては、いかに時間をかけずにおいしい料理をつくって食べるかどうかが重要だろう。ダイコンやタマネギなどの野菜を一個一個買うと、自ら刻んだりするので時間がかかるし、余ってしまうことも多い。

 最近は、パックから出せばすぐに料理できるよう、適量の切り身に調味料も付いた「パック食材」が売れている。手間がかからずロスも出にくい。忙しいお母さんたちには便利だ。

 料理が苦手な人は、電子レンジや料理用バサミをうまく利用してほしい。鍋でゆでる代わりにレンジで温めてパスタを作る、食材は包丁を使わずハサミで切る。そうすれば手間と時間をかけずに料理ができる。今はレンジ用の調理器具が充実している。パック食材も活用しながら、食品ロスに注意し、気軽に料理を楽しんでほしい。

 白熱したシンポジウムの進行役を務めた、石井勇人・共同通信アグリラボ所長は「2017年9月にスイスでは、 国民投票で憲法の条文に食料安全保障を入れるという動きがあり、私も取材した。発議には10万人の署名が必要で、農業団体は3年前15万人分集めていたので、そのまま発議・投票することもできた。しかし、農業団体は議論することを選んだ」とスイスの動きを紹介した。その上で「消費者団体やフードチェーン、産業界、輸入関係業者も巻き込んだ3年間の議論の末、内閣は憲法修正案を国民投票にかけた。その結果、78%の賛成票で可決されて、主要国で初めて 憲法に食料安全保障が明記された。このケースは、連携のためには十分な議論が必要だということを示している。今日のシンポジウムで終わりではなく、それぞれが持ち帰って議論を続けることが大事だ」と締めくくった。

【持続可能な開発目標と農業】

 持続可能な開発目標と農業 持続可能な開発目標(SDGs)は、すべての人に豊かな暮らしをもたらすことを目指し、2015年に国連のサミットで採択された国際目標。「誰一人取り残さない」を基本理念に、貧困や飢餓の撲滅、水資源、環境保全など17分野で目標を掲げている。

 17のうち2番目の「飢餓をゼロに」で食料安全保障の実現や持続可能な農業の推進を目指しているほか、12番目の「持続可能な消費と生産」や14、15番目の「海洋資源」「陸上資源」など、多くの分野の目標が持続可能な農林水産業の成長と深い関わりがある。

【パネリストの略歴】

中家 徹氏(なかや・とおる)
和歌山県生まれ。1972年紀南農業協同組合入組。営農部長、参事、専務理事などを経て2004年代表理事組合長。12年より和歌山県農業協同組合中央会・県農・信連・共済連の共通会長、17年より全国農業協同組合中央会会長。19年9月の一般社団法人化に伴い、代表理事会長。
羽田 健一郎氏(はた・けんいちろう)
長野県生まれ。1970年羽田孜事務所入所。農相秘書官、首相秘書を経て97年同県和田村長、2005年11月から同県長和町長。
堀田 和彦氏(ほった・かずひこ)
熊本県生まれ。農学博士。九州大大学院農学研究院准教授などを経て2011年から東京農大国際食料情報学部食料環境経済学科教授。
井伊 基之氏(いい・もとゆき)
東京都生まれ。2018年6月からNTT副社長として技術戦略などを担当。19年から経団連農業活性化委員会企画部会長。
山内 明子氏(やまうち・あきこ)
島根県生まれ。1983年日本生活協同組合連合会入協。執行役員などを経て2018年からコープデリ生活協同組合連合会に出向し常務理事。
森崎 友紀氏(もりさき・ゆき)
大阪府生まれ。管理栄養士、製菓衛生師などの知識、経験を生かし、レシピの考案やメニューの開発に取り組み、イベント講師も務める。

【JA全中とは】

正式名称は、一般社団法人 全国農業協同組合中央会。全国に約600あるJA(農業協同組合)の代表機関。持続可能な農業と豊かな地域社会の実現を目指して、営農支援、信用、共済、医療・福祉など多様な事業を展開する。JAグループの結集軸として、グループ全体の総合力発揮に取り組んでいる。