メニュー 閉じる

47NEWS

写真

写真

7度目の夏、白菊を海に 震災で行方不明の夫弔う

2017.9.18 10:00 共同通信

「今まで待たせてごめんね…」。ようやく最愛の夫を見送る日を迎えた。東日本大震災から7度目となったこの夏、岩手県陸前高田市の熊谷幸子(くまがい・さちこ)さん(76)は、津波で行方が分からないままの夫・磨(みがく)さんの葬儀を行った。

 2011年3月11日の朝、外出した幸子さんと別れたきり、磨さんは帰らぬ人となった。海を望む高台の自宅を下り濁流にのまれたとみられる。

 「もうダメだよね」。頭では理解している。でも、ふいに帰ってくるかもしれない。いつしか苦しい日々の出来事や夫への思いをカレンダーの裏につづるようになった。まるで会話をするように。

 〈会いたい。逢いたい。笑顔に会えたらと望みのない願いをしながら飲んでいます〉〈ままちゃん、泣いてばかりいるんじゃないぞ…悲しませて悪いと思っている〉

 独りの自宅で書き続けた手紙は250枚を超えた。「思いを吐き出すことで、もちこたえることができた」と振り返る。

 もういないことを示す証拠が何か見つかるまではと、かたくなだった心が変わり始めたのは今年に入ってからだ。

 3月、市の追悼式で家族を亡くした友人たちはみな七回忌を迎えていた。「自分は何もしていない。ちゃんと供養してあげたい」。お盆に寺で葬式をし、魂を送り出した。後悔はなかった。

 「頑張ったね」と周囲の人たちは優しい。それでも、同年代の夫婦を見ては、「いたはずなのに」と心が沈む。車のライトが玄関を照らせば、帰宅を期待してしまう。

 「ようやく来たか」。9月11日、お墓で手を合わせる幸子さんには磨さんの声が聞こえた気がした。供えた白菊を海に手向けた。夫を奪い、憎み続けてきた海だ。今は素直にきれいだと思える。(写真と文、平田潤・共同通信写真映像記者)

写真・記事の内容は、2017年9月11日までの取材を基にしたものです。