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【外国人と生きる 失踪の陰で】(1) 夢半ば、姿消す 「ごめんね」と母号泣

2020.9.4 7:00 共同通信

 雑草が腰の高さまで生い茂る荒れ地に、真新しい墓が建っている。ベトナムの首都ハノイから東に約40キロの農村。母親のグエン・ティ・メンさん(49)は2月、留学先の日本で事故死した長男の墓に参り、泣き崩れた。享年26歳。「家族思いの優しい子だった。一人で寂しい思いをさせて本当にごめんね」

 ▽ささやき
 「日本語を学びながら1年働くと100万円を稼げる」。長男のブオン・バ・アインさんが仲介業者から持ち掛けられ、日本行きを決意したのは2013年。20歳の若さで料理店の経営を始めたが、12年9月に交通事故で大けがを負い、閉店を迫られていた。

 開店資金として100万円ほどの援助を父親から受けていた。仲介業者は「日本の賃金はベトナムの3倍だ」とささやいた。

 「日本で勉強と仕事を両立させ父親からの借金を返したい」。追い詰められていたアインさんは、専門学校の入学金など約100万円を両親から新たに借り、14年4月、日本へ。日本語学校で学び始めた。

 ▽隔たり
 アインさんが思い描いていた理想と、現実は大きく隔たっていた。
 「教室は、アルバイトに明け暮れて居眠りする学生ばかり」。アインさんは会員制交流サイト(SNS)を通じ、母国の弟ホアンさん(25)に不満を打ち明けていた。

 アインさん自身もベトナム料理店で働いていた。外国人留学生が「資格外活動」として働けるのは週28時間以内。規定の範囲内の就労で生活費と授業料を稼ぎながら、残金を借金の返済に充てていた。だが、事態は急変する。15年1月、学校から家族にアインさんの失踪が知らされた。授業料が払えず、逃げ出したとみられる。家族への連絡は途絶えた。

 在留資格を失ったアインさんの消息は4年後の19年1月、訃報の形でもたらされた。アインさんの葬儀は日本国内で営まれた。悲報を聞き、急きょ来日した母親は、泣きながら長男の名前を叫び続けた。

 ▽同じ人間
 関係者によると、アインさんは密漁船に乗っていた。嵐で転覆し、海に投げ出された。同乗の日本人は無事だったが、救命胴衣を着けていなかったアインさんだけが犠牲になったという。

 弟はこう振り返る。「生活が苦しく出稼ぎしか選べない。日本も外国人の力を必要としているのなら、同じ人間として向き合ってほしい」

(共同=泊宗之、千葉響子)

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 日本で働き、夢半ばで職場や学校から消えた若者たちがいる。背景や受け入れの課題を探った。

*写真・記事の内容は、2020年3月19日までの取材を基にしたものです。