罪状重いが死刑回避か     視標「安倍氏銃撃起訴」

2023年02月03日
元検事・弁護士 落合洋司

 安倍晋三元首相銃撃事件を巡り、殺人と銃刀法違反の罪で13日に起訴された山上徹也被告は、射殺したことを認めているので、裁判では、どのような刑を科すか(量刑)が最大の争点となろう。

 約5カ月半も続いた鑑定留置中の精神鑑定は、まだ捜査段階なので、検察側が担当医師や鑑定事項を自分たちで決められる。裁判員裁判に向け、責任能力の有無・程度にとどまらず、事件当時と事件に至る精神状態や、それが犯行に及ぼした影響などを幅広く調べてもらったのではないか。

 弁護側は今後、同様に責任能力だけでなく、量刑の際に考慮されるべき情状に踏み込んだ鑑定をあらためて求めるとみられる。新たな鑑定は医師ではなく、心理学者が担当することもあり得るだろう。特異・重大な事件なので、裁判所がこの弁護側請求の鑑定を認める可能性は高いと思う。

 公判前整理手続きでおそらく大量の検察側証拠を弁護側に開示した後、争点を絞り込み、双方が提出する証拠を決め、審理計画を立てるなどするのに長期間かかる上、鑑定が実施されれば、公判のスタートは来年にずれ込むかもしれない。

 問題の量刑だが、戦前に原敬首相刺殺事件と浜口雄幸首相が銃撃され、約9カ月後に死亡した事件で、検察側はどちらの実行犯にも死刑を求刑した。2007年に長崎市長が市長選の選挙運動中に射殺された事件でも、死刑を求刑している。

 確定判決は原の事件が無期懲役、浜口の事件は死刑だった。長崎市長の事件は一審が死刑、二審では無期懲役となり、最高裁で確定した。裁判所の判断は一定しているとは言えない。

 検察側は山上被告にも死刑を求刑するとみている。遺族はもとより、政界の内外から極刑を求める声は上がるだろうし、政治的・社会的に影響力が大きく、支持者が今なお多い安倍氏を射殺した結果は非常に重大だ。政治家襲撃は民主主義を脅かす犯罪ともいえる。

 また偶然にも被害者は1人だったが、散弾銃のような凶器を使った犯行は、不特定多数の人を殺傷する恐れが十分にあった。罪状は重く、裁判所が死刑を選択することもあり得るだろう。

 しかし判例では、殺害被害者1人で死刑は例外的であることに加え、山上被告は母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信し、自己破産するまで献金を続けたため、人生が狂い、不幸な生活を強いられた。

 旧統一教会を強く恨んだ末、教団を韓国から招き入れた岸信介元首相の孫で、21年に教団関連団体へビデオメッセージを送り「(教団の)韓鶴子総裁に敬意を表します」と述べた安倍氏を、最も影響力のある教団のシンパとみなして狙った。

 事件後、献金の強要など教団の反社会的行為が相次いで明らかとなり、被害者救済法まで施行されたことも踏まえると、安倍氏に落ち度はないかもしれないが、問題はあったのではないか。

 そうすると、山上被告の犯行を「逆恨み」とは言い切れず、前科もないとみられることから、裁判員裁判では、死刑をちゅうちょするのではないかと予想している。(聞き手=共同通信編集委員・竹田昌弘

 (新聞用に2023年1月13日配信)

 おちあい・ようじ 1964年広島県生まれ。早稲田大卒。89年検事となり、東京、千葉、名古屋各地検などに勤務。2000年に退官し弁護士に。著書に「ニチョウ」など。