インタビュー連載「安楽死を問う」③ 安楽死は是か非か、医療倫理の専門家は 法制化、患者へ無言の圧力に 東京大大学院特任教授の会田薫子さん

2020年09月02日
共同通信共同通信
オンラインでインタビューに応じる会田薫子・東京大大学院特任教授
オンラインでインタビューに応じる会田薫子・東京大大学院特任教授

 京都の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の嘱託殺人事件を受け、巻き起こる安楽死の議論。医療倫理の専門家はどう見ているのか。延命措置を巡る意思決定の在り方や、終末期の医療・ケアに詳しい東京大大学院特任教授の会田薫子さんに聞いた。(共同通信=深江友樹)

 人生の最終段階の医療やケアを巡っては、厚生労働省が2007年に指針を定めて以降、医学会も相次いで指針を発表し、患者の意思を尊重した対応が大きく進展してきた。指針に沿った手順を取った上で延命のための医療を差し控えたり終了したりしたケースでは、医師が刑事訴追されたことはない。

 患者と家族が医師や看護師、介護職らのチームと人生の最終段階について対話を重ねる「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」という取り組みも広がりつつある。緩和ケアの技術も以前に比べれば進んでいる。

 京都の女性難病患者の嘱託殺人事件では、主治医でない医師が適切な診断もせず致死量の鎮静薬を投与したとみられ、医療者として完全に間違った行為だ。指針から大きく逸脱した事件を土台に、安楽死の法制化を検討することはできない。

 身体的、精神的に元気な人は「自分が寝たきりになったら死んだ方がまし」と思ってしまうかもしれないが、たとえ寝たきりになっても、周囲との関わりの中で自分の居場所を見つけ、自己肯定感を保ちながら生きている人はたくさんいる。

 本人の意思で延命医療を受けなかったり終了したりして最期を迎えることを「尊厳死」と呼ぶことにも違和感がある。生き方が多様な現代では、尊厳ある最期も多様なはず。患者が望んで延命医療を受けて亡くなるのも、本人にとっては「尊厳ある最期」と言え、本人の主観の問題だ。

 自立度や生産性だけを指標に生を捉えるのではなく、さまざまな価値を認める社会にしていくべきだ。日本では「他人に迷惑を掛けてはいけない」という意識が広く浸透しており、同調圧力も強い。安楽死を法制化した場合、「寝たきりの人は生きていてはいけない」という無言のメッセージとして受け取る人もいるだろう。

 条件を満たした患者を安楽死させる義務を医師に負わせることにもなる。受け入れられる医師がどれだけいるか。オランダなどごく一部の国では安楽死が認められているが、文化や社会風土も異なるので、同じ制度を導入しても同じようには機能しないだろう。

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 あいた・かおるこ 1961年、福島県生まれ。東京大院上廣死生学・応用倫理講座特任教授。日本生命倫理学会理事。