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インタビュー連載「安楽死を問う」② 安楽死の依頼に応えられなかった医師の思い 患者に「生きろ」、「死ね」より残酷なことも 作家の久坂部羊さん

2020.9.1 7:00 共同通信
インタビューに応じる久坂部羊氏
インタビューに応じる久坂部羊氏

 医療に関する小説を多数、世に出してきた医師で作家の久坂部羊さんは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者嘱託殺人事件のニュースを聞き、10年以上前の苦い思い出がよみがえった。「安楽死させて」―。そう希望した患者と、踏み切れなかった自分。思いを語った。(共同通信=石原知佳)

 今回の京都の事件以前から医療の選択肢として「安楽死」を認める必要があると考えていた。在宅医療の現場などで医師として働いた経験から、助かる見込みのないまま耐えがたい痛みに苦しむ患者を診てきたからだ。

 実は私自身、15年ほど前に筋萎縮性側索ALSの患者に「安楽死させてほしい」と依頼されたことがある。連作小説「告知」の中の一編でほぼ実話通りに描いたが、思い出すのもつらい経験だ。

 その患者に「軽い気持ちじゃない。本気だ」と、まだ体が動いた頃に自殺しようとした手首の傷を見せられた。うなずけずにいると「先生ならやってくれると思ったのに」と、ものすごくつらそうな表情で言われた。亡くなるまでの数カ月、拷問のような痛みやだるさで苦しめてしまった。

 踏み切れなかったのはなぜか。医師であっても安楽死のプロではないからだ。刑事事件になるかもしれないという恐れよりも、よりどころがないまま実行した後に後悔する可能性を想像した。安楽死が法制化されていれば、患者ともっと踏み込んだ話ができただろう。

 事件後の報道で気になるのは「生きる権利」を重視する論調が多いこと。その気持ちは分かるが、自らが死ぬ以外逃れようのない苦しみに陥ったとき、それでも生きたいと言えるのか。本当に悲惨な現実があり、安楽死の必要性を感じ真剣に悩み、考えている医師がたくさんいる。患者に「生きろ」と言うのが「死ね」と言うより残酷なこともある。日本の現状は、救えない患者を無視していると思えてならない

 安楽死は患者からすれば自殺で、医師からすれば自殺ほう助。殺人とも言える。命を奪うその重みに真正面から向き合った上で議論はしていくべきだ。望ましい形ではないが、こういった事件が繰り返されることでようやく法制化が進む側面もあるのかもしれない。

 きれい事だけ言っていたら、苦しむ患者に必要な手助けができない。とはいえ、実行する医師もとんでもない苦悩を背負うことになる。日本でも海外の先例に学び、専門家や組織をつくって試行錯誤し、ガイドラインを整備する必要がある。

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 くさかべ・よう 1955年、大阪府生まれ。医師、作家。大阪人間科学大特任教授。著書に「悪医」「神の手」など。