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亡き弟と共に戦い続ける 卓球土井選手、東京目指し 輝け TOKYO

2020.3.28 7:30 共同通信
土井健太郎選手(右)と亡くなった双子の弟、康太郎さん=2014年
土井健太郎選手(右)と亡くなった双子の弟、康太郎さん=2014年

 

 東京パラリンピックに向け、亡き弟と一緒に戦い続けている。車いす卓球でパラ初出場を目指す土井健太郎選手(24)は試合や練習の時にいつも、2015年に亡くなった双子の弟、康太郎さんの遺骨が入ったネックレス形のペンダントを身に着ける。道は平たんではないが「最後まで諦めない」と奮闘している。

 静岡県富士宮市に生まれた兄弟は骨がもろく骨折しやすい「骨形成不全症」という難病で、幼少期から車いすの生活。何十回も骨折の手術を繰り返しながら励まし合い乗り越えてきた。卓球に出合ったのは小学6年。母の勧めで地域のクラブチームに参加し、兄弟は競うようにのめり込んだ。

1歳ごろの土井健太郎選手(左)と、弟の康太郎さん(右)(提供写真)
1歳ごろの土井健太郎選手(左)と弟の康太郎さん(提供写真)

 

 双子だが、プレースタイルは対照的だった。土井選手は力強さが特徴の「攻撃重視」。一方で康太郎さんは正確なラリーを粘り強く続けて相手のミスを誘った。13年に東京開催が決まった後は「一緒に出場してメダルを争う」と思い描いた。

 しかし、15年5月、康太郎さんが心臓の病気で入院、手術後に容体が悪化した。手術の前、海外遠征を控えていた土井選手は康太郎さんに「行ってくる」と声を掛け「頑張れ」と返してくれた言葉が最後になった。葬儀で「東京でメダルを取る」と誓った。

土井健太郎選手の弟、康太郎さんの遺骨が入ったペンダント(提供写真)
土井健太郎選手の弟、康太郎さんの遺骨が入ったペンダント(提供写真)

 

 土井選手にとって康太郎さんは「良きライバルでもあり、良き仲間、コーチでもあった」。攻撃だけでなく、康太郎さんのような粘り強いラリーも意識して練習に取り組むようになった。

 東京大会への出場は、国際卓球連盟が主催する国際大会での獲得ポイント数に基づく世界ランキングなどが条件となる。19年8月の国際大会の個人戦で銅メダル、19年12月の国際大会の個人戦で金メダルを得たが、世界ランキングは20年3月1日時点で29位と厳しい状況が続いている。それでも「約束を果たしたい」と大舞台でペンダントを輝かせるとの決意は揺るがない。(共同通信=平田哲規)

亡き弟の遺骨が入ったネックレス形ペンダントを身に着け、試合に臨む土井健太郎選手=2019年8月、東京都港区
亡き弟の遺骨が入ったネックレス形ペンダントを身に着け、試合に臨む土井健太郎選手=2019年8月、東京都港区

 

 車いす卓球 車いすを使ってプレーする卓球。障害の程度に応じ、五つのクラスに分かれる。土井選手は障害が最も軽い「クラス5」。ルールは健常者の卓球とほぼ同じだが、サーブが相手コートのサイドラインに触れた場合はやり直しになる。