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伝える・訴える

当たり前と思っていた自由が、突然変調を来す。決して人ごとではない。事実を伝え、思いを訴える。表現は今、どれほど自由なのか。あるいは抑圧、封殺、監視されているのか。世界の国々をめぐりながら考える。

【伝える訴える 番外編】「表現の現在①」 ノーベル文学賞作家 スベトラーナ・アレクシエービッチさん

2017.3.28 10:29

深い言葉が生まれる瞬間 一粒の砂から世界を見る

 インタビューに答えるスベトラーナ・アレクシエービッチさん=2016年11月25日、東大本郷 
 インタビューに答えるスベトラーナ・アレクシエービッチさん=2016年11月25日、東大本郷 

 「ポスト真実」の時代だという。客観的な事実が重視されず、感情や信念へのアピールが世論形成に力を持つ時代。われわれは何を、どう見据えればいいのか。昨年の国際通年企画「伝える 訴える」の番外編として、海外の識者に混迷する世界への視点を聞いた。

 2015年のノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチさんは、最新作「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」でソ連崩壊を経験した人々の声を集め、心を打つ長大な作品に編んだ。普通の人々が、なぜこれほど深い言葉を語り得るのか尋ねた。(聞き手は共同通信編集委員 軍司泰史)

痛みを語る

  ―最新作には、抑圧的だった旧ソ連を懐かしむ人がたくさん出てきます。なぜでしょう。

 「『赤いユートピア』が強制収容所で成り立っていたと考えるのは誤りです。最初にあったのは美しい理念でした。地上に楽園をつくるのだと。抑圧はその後にやってきました」

 「人々が語ったのは、自分が(理念を)どうやって信じていたかということでした。自分の人生を無駄だったと言える人は、まずいません。だから人々は戦争に赴いたことや、戦勝パレードに浮き浮きして出掛けたことを語ったのです」

 「忘れてはいけないのは、彼らは別の人生を知らなかったということ、自由の下で生きた経験が全くなかったということです。もちろん広場を駆けて『自由を』と叫んだことはありました。でも、自由とは何かを理解していなかった。想像もつかなかったのです」

 ―最初の作品「戦争は女の顔をしていない」は、前線に出た女性たちの戦争です。新鮮でした。

 「第2次大戦で100万人以上のソ連女性が戦場に赴いたにもかかわらず、戦後彼女たちは忘れられました。平和が訪れた故郷に、軍服姿で戻ってきたのです。男性からは結婚相手とみなされず、誰も彼女たちに関心を向けませんでした」

 「私が話を聞きに訪れると、目に涙をためて迎え入れてくれました。なぜなら、戦争の時代は本当に心が震えるような日々だったから。戦地での初めての恋。(自分たちが)美しかった時代、強い感情を抱いて生きていた日々を語りたかったのです」

 ―恐ろしい経験も語られています。

 「痛みを語るというのは、私たちの文化では驚くことではありません。痛みこそが(自らの)存在の形なのです。彼女たちは『私は全部話すけど、書くときは違うことを書いてね。ヒロイックにね』と注文しました」

 「私が作ったのは、彼女たちが書いてはいけないと言ったことを全部入れた本です。書くことを彼女たちに納得してもらうのが最も難しかった」

 
 

愛と死の後で

 ―あなたの本では普通の人々が深い言葉を語っています。

 「フランスのヤン・アルテュスベルトラン監督が製作した『ヒューマン』という映画があります。貧困層を含む普通の人々が、カメラに向かって語るのですが、震撼(しんかん)しました。愛について、子ども時代について、母親について、彼らの発する言葉の素晴らしさといったらありません」

 「これが一つの例になると思います。私はよく『あなたの本には美しい人間ばかりが出てくる』と言われますが、愛を覚え、死を身近に感じた後では、人はすべてこのように語るものです。愛と死の(経験の)後で、人は爪先立つように自分より高い存在になるのです。そういう瞬間を、私は捉えるのです」

 ―ノーベル賞授賞式の講演で「小さな人」と「大きな歴史」を対比させていますね。

 「私の本は証言集ではなく、多数の声からなる長編文学です。人間は大きな歴史の中では一粒の砂にすぎませんが、小さな歴史から大きな歴史が生まれるのです。一人一人を通して見ること。100万人単位で見ていても、ものは見えてきません」

 ―ロシアのプーチン大統領や米国のトランプ氏など強い国を目指す指導者が支持される世界をどう見ていますか。

 「人々が未来に恐怖を感じ、どうしていいか分からないということだと思います。だから『私はどうすればいいか知っている』と豪語する人々が指導者になるのです。ただ、彼らの示す解決法は、過去にあった方法です。人々は過去に救いを求めているのです。この意味でプーチンとトランプは似ています」

 「今国民はプーチン大統領の言葉に耳を傾けますが、知識人の言葉は理解不能とされています。知識人は当惑し、沈黙しています。一番恐ろしい対立は、私たち知識人と国民の対立なのです」
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 SVETLANA・ALEXIEVICH 1948年生まれ。ジャーナリストとして地方紙で働いた後、84年に「戦争は女の顔をしていない」を発表。他の作品に「ボタン穴から見た戦争」「チェルノブイリの祈り」など。2015年、ノーベル文学賞受賞。

魂の歴史

 アレクシエービッチさんが称賛した映画「ヒューマン」には、日本原水爆被害者団体協議会代表委員の坪井直(つぼい・すなお)さんも出演している。だが、語られるのは広島原爆という「大きな歴史」ではない。

 被爆者であることを理由に結婚に反対され、恋人と心中を図ったときの経験だ。「あの世で一緒になろうと睡眠薬を飲んだのです」。だが、2人とも意識が戻る。「私たちの運命は悲しいじゃないかと本当に泣きました」。その後2人は結婚を許され、坪井さんは「何か苦しいことがあっても、あの時のことを思えば我慢できる」と語る。

 「私が関心を持っているのは『魂の歴史』。大きな歴史が見逃したり見下したりする側面です」と語るアレクシエービッチさんが一貫して見据えるもの。それが、このシーンに垣間見える。

 (2017年01月10日)

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