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当たり前と思っていた自由が、突然変調を来す。決して人ごとではない。事実を伝え、思いを訴える。表現は今、どれほど自由なのか。あるいは抑圧、封殺、監視されているのか。世界の国々をめぐりながら考える。

【伝える 訴える】第45回(ロシア) 「悲劇の言語」

2017.2.16 14:24

言葉と記憶、新聞が守る ユダヤ文化の離れ小島で

シナゴーグ(ユダヤ教会堂)で行われるイディッシュ語の授業で「ビロビジャネール・シュテルン」紙を紹介するエレナ・サラシェフスカヤ(左)。「子供たちに興味を持ってもらうことはとても重要」と話す。新聞製作の合間にこうした授業や教科書作りなど、次世代への言語継承にも取り組む=ロシア・ビロビジャン(撮影・山下和彦、共同)
シナゴーグ(ユダヤ教会堂)で行われるイディッシュ語の授業で「ビロビジャネール・シュテルン」紙を紹介するエレナ・サラシェフスカヤ(左)。「子供たちに興味を持ってもらうことはとても重要」と話す。新聞製作の合間にこうした授業や教科書作りなど、次世代への言語継承にも取り組む=ロシア・ビロビジャン(撮影・山下和彦、共同)

 駅、郵便局、道路名の表示に見慣れない文字が並んでいる。1993年、ロシア極東の炭鉱村から、進学のため100キロ離れたビロビジャンに出てきた17歳の少女エレナ・サラシェフスカヤは、驚いて目を凝らした。

 ビロビジャンは、ユダヤ人国家イスラエルの建国(48年)に先立つ34年、ソ連の独裁者スターリンが設けたユダヤ自治州の州都。数百万のユダヤ人を欧州部に抱えたソ連は、祖国なき民の“故郷”として移住を促し、48年にはユダヤ人約3万人が生活していた。

 91年のソ連崩壊後、大半はイスラエルなどに去ったが、ユダヤ文化の「離れ小島」を極東に残す。エレナが見たのは東欧ユダヤ人の母語、イディッシュ語だった。

 
 

 ▽無神論国家

 イディッシュ語は、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の犠牲者の言葉だ。600万人中、500万人が話者だったとされる。ドイツ語に近いが、イスラエルの公用語ヘブライ語同様、右から左へとつづる独自文字を使う。エレナは大学で第2外国語に選び、打ち込んだ。

 話者が消えゆく言葉、悲劇の言語になぜ引かれたのか。「悲しむこと。愛すること。この二つはよく似た感情なのよ」

 99年、エレナに「ビロビジャネール・シュテルンで働きませんか」との勧誘があった。「ビロビジャンの星」を意味するイディッシュ語新聞からだった。

 創刊は30年。70年代は1万2千部を刷ったが、ソ連崩壊後、ユダヤ人読者が流出。ロシア語ページを増やしてイディッシュ語を減らし、2、3日おきの発行とするなど悪戦苦闘を続けていた。

 「運命を感じた」。エレナは同紙に飛び込む。ユダヤの年中行事や言語教育の取材のほか、イディッシュ語文献を発掘する日々が始まった。

 ある日、古文書庫で、米国のイディッシュ語紙記者が32年に書いたビロビジャンのルポを見つけた。入植者が荒野を切り開いて家を建て、ユダヤの祝祭を宗教色抜きで行ったことなどがつづられていた。だが、送られてきた掲載紙に読まれた形跡がほとんどない。「米紙を読めばスパイと疑われるから、誰も触らなかったのでしょう」

 この話は続きがあった。30年代にビロビジャンに持ち込まれたユダヤの宗教用具が、近年見つかったのだ。無神論国家ソ連を生き抜いた入植者は、ユダヤ教をひそかに守っていた―。これも新たなニュースになった。

 ロシア・ビロビジャンの街では、通りの名がロシア語(上左)とともにイディッシュ語(同右)でも表示されている(撮影・山下和彦、共同)
 ロシア・ビロビジャンの街では、通りの名がロシア語(上左)とともにイディッシュ語(同右)でも表示されている(撮影・山下和彦、共同)

 ▽先人への思い

  エレナは2011年、編集長に就任した。しかしイディッシュ語ライターが相次いで去り、エレナ一人だけに。「月に1万2千ルーブル(約2万円)しか払えなかった。仕方ない」。現在はロシア語版と合わせ計6人だ。

 今年からは週刊紙になった。イディッシュ語は16ページ中1、2ページ。自治州の補助金などで1600部を刷る。

 自治州の人口17万人弱のうち、ユダヤ人は約1600人。スターリンは「諸民族の平等」を強調する一方、ユダヤ人を警戒し知識人らを投獄した。50年代にはイディッシュ語学校を閉鎖した。

 弾圧を恐れる多くのユダヤ人は家でロシア語を話し、子供に母語を伝えなかった。今やビロビジャンでイディッシュ語が話せるのは「10人前後」。国連教育科学文化機関(ユネスコ)はイディッシュ語を消滅危険言語のリストに入れている。

 しかし、極東の荒野を豊かな土地に変えた先人への感謝が、エレナを新聞発行に駆り立てる。言語を残し、記憶を発掘し、未来へ伝えたい―。

ビロビジャン23番学校のイディッシュ語の授業。教室の壁にはユダヤ史や年中行事についてのポスターが張られていた=ロシア・ビロビジャン(撮影・山下和彦、共同)
ビロビジャン23番学校のイディッシュ語の授業。教室の壁にはユダヤ史や年中行事についてのポスターが張られていた=ロシア・ビロビジャン(撮影・山下和彦、共同)

 ▽奇跡夢見て

  インターネット版の開始は、シュテルン紙に新たな命を吹き込んだ。各国に離散したイディッシュ語話者や研究者らも読み始めたのだ。

 今年9月28日の紙面では、東京外国語大でイディッシュ語を教える東大研究員の鴨志田聡子(かもしだ・さとこ)を特集。「イディッシュ語には独特で豊かな文化と歴史がある」といった談話を紹介した。

 「グートン・モルグン!」(おはよう)。子供たちの声が教室に響く。ユダヤ文化継承に力を入れるビロビジャン23番学校。小学3年相当のクラスで、27人が「あなたの名前は?」といったイディッシュ語の基礎を学習中だった。ロシア人が過半数。ユダヤ史や年中行事を示すポスターが壁を埋める。

 イディッシュ語教育はソ連崩壊後、再開された。「言葉は私たちの誇り。新聞があり、昔話がある。文化や歴史はイディッシュ語で書かれている」と、同校教師タチヤナ・メサメドは話す。

 もっとも新聞の将来は心もとない。「発行するだけで偉業ね」とエレナは冗談めかして笑う。

 ヘブライ語は2千年近く日常語として用いられていなかったが、20世紀に復活しイスラエルに根付いた。「ユダヤ史は不思議なことが多い。イディッシュ語も復活するかもしれないわよ」。エレナは奇跡を夢見つつ、今週も締め切りに追われている。

 ◎灯火は消せない

  日本でも大ヒットしたミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の原作はイディッシュ語で書かれた。文化を誇りに思い、言語再興を図る米国やイスラエルのイディッシュ語話者の活動は、近年拡充したビロビジャネール・シュテルン紙のネット版と響き合う。

 ユダヤ自治州出身でイスラエルに住む女性が同紙にメールを送った。外国から約800人が入植した自治州の村を巡る記事への指摘だ。ソ連政府が1935年ごろ、ソ連国籍取得を命じると、半数が逃亡し多数が逮捕されたとの話をネット版で読んだ女性は「不正確だ。外国人の多くは殺された」。同紙と女性側のやりとりで、殺された数百人の名前が判明した。

 「世界中から情報が入り、大きな『絵』になる」とエレナ。だからこそ新聞の灯火は消せない。

 (共同通信記者 小熊宏尚、写真 山下和彦、敬称略)=2016年11月16日

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