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当たり前と思っていた自由が、突然変調を来す。決して人ごとではない。事実を伝え、思いを訴える。表現は今、どれほど自由なのか。あるいは抑圧、封殺、監視されているのか。世界の国々をめぐりながら考える。

「伝える 訴える」第23回(韓国) 「対北朝鮮放送」

2016.9.12 17:05
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民主化ののろしを上げよ 統一願うラジオ局

統一展望台で「対南放送」を聞く李光白。軍歌に続き、韓国の米軍基地についてのニュースが流れていた。双眼鏡で対岸の北朝鮮側(奥)をのぞくと、ゆったりと歩く人たちの姿や農作業の様子が見えた=韓国京畿道坡州市(撮影・山下和彦、共同)
統一展望台で「対南放送」を聞く李光白。軍歌に続き、韓国の米軍基地についてのニュースが流れていた。双眼鏡で対岸の北朝鮮側(奥)をのぞくと、ゆったりと歩く人たちの姿や農作業の様子が見えた=韓国京畿道坡州市(撮影・山下和彦、共同)

 統一展望台の双眼鏡をのぞいた。南北朝鮮を隔てる臨津江(イムジンガン)の向こう岸に、行き交う北朝鮮の住民が見える。ラジオの電源を入れると北の宣伝が聞こえてきた。「対南放送」だ。反対に韓国からの「対北放送」も、38度線を越え、統一を願う人々の声を届けている。

 ソウルの住宅街にあるビルの1室。「明日の天気です。平安北道は雨後曇りでしょう。続いて為替情報。新義州では1ドルが8250ウォンです」。北朝鮮脱出住民(脱北者)の女性アナウンサーが、北朝鮮国内向けのニュースを読んでいた。民間団体「国民統一放送」が「報道の自由がない北朝鮮のため、われわれが代理で」と、毎日夜間に流す対北放送の一つだ。

 
 

 ▽聴取者70万人

 「民主主義の種をまき、北朝鮮の変化を促進させる。要するに北朝鮮民主化運動です」。代表で45歳の李光白(イ・クァンベク)が放送の狙いを語った。内容は国際情勢、北朝鮮内の事件事故、北朝鮮ウォンと米ドル、中国元との実勢レート、穀物価格などだ。

 国民統一放送傘下には取材部門「デイリーNK」がある。北朝鮮内の協力者が、中国の携帯電話の電波が届く中朝国境付近に出てきて、内部情報を国際通話で韓国へ伝えている。協力者には危険な仕事だ。この情報を基に記事を仕立てる。

 韓国に住む脱北者は約2万9千人。彼らを対象とした各種調査で、国民統一放送を含む韓国のラジオを聞いたことがある人は、15~18%いた。いま北朝鮮で対北放送を聞く人数について李は「ラジオ普及数は50万~70万台。その数かそれ以上の人が聞いている」と推算している。

国民統一放送のスタジオで「対北放送」の準備をする、脱北者の女性アナウンサー=ソウル(撮影・山下和彦、共同)
国民統一放送のスタジオで「対北放送」の準備をする、脱北者の女性アナウンサー=ソウル(撮影・山下和彦、共同)

 ▽米2トン分

 56歳の脱北者でデイリーNK記者チェ・ソンミンの人生は、この放送が変えた。「毎晩必ず聴くファンだったから、南に来てすぐにここに就職した」。日本製ラジカセを布団に隠し、改造して長く延ばしたイヤホンに家族で聴き入っていた。

 「最初はでたらめの内容だと思った。でも一度聞くと中毒性があってね。北では報じられない為替や物価が、実際の相場とピッタリ合っているし、少しずつ信じるようになった。音楽、ドラマ、ニュース、何でも聴いた」。20年以上聴くうちに体制への忠誠心が薄れ、南での生活を夢見るようになり、2010年、家族で咸興(ハムフン)市を脱出した。

 為替や物価の情報は、北でのニーズが高い。近年、配給制度はほぼ崩壊し、各地に「ジャンマダン」と呼ばれる市場が生まれた。現地通貨の信頼性が落ちて外貨が流通する中、住民はいや応なしに市場経済の暮らしに放り込まれた。

 外では誰も「南朝鮮(韓国)のラジオを聴いた」とは言わない。しかし、国際情勢を詳細に知っている住民はいた。チェは「こいつもラジオを聴いているな、と会話からお互いに分かる。捕まるから明かさないだけ」と話す。

 同じ脱北者のデイリーNK女性記者ソル・ソンアがラジカセを買ったのは、30代目前の1994年ごろだ。職業は不動産管理をする「住宅指導員」だったが、ラジカセはジャンマダンの前身、闇市場で米2トン分の値段、月給の1200倍だった。購入できたのは、副業で薬品を密造・販売していたためだ。社会主義体制が傾き、何か商売をしなければ食べていけなかった。

 ソルが聴いていたのは韓国KBSや米政府系ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の韓国語放送。「北と南の言葉は少し違うから、南の放送が聞こえたとき、びっくりしてすぐに消した」が、好奇心は抑えられず、ある日、韓国経済史の講義をじっくり聴いた。「商売を始めた頃で、市場経済の仕組みを知り感動した」

 ▽金日成主義から転向

 国民統一放送代表の李がラジオにこだわる理由は、大学生だった80年代、韓国で北からのラジオを必死に聴いていた時期があったからだ。

 韓国で民主化闘争が激しかった時代、北朝鮮式の社会主義を信奉する「主体思想派」が学生運動を席巻していた。その地下組織の教育部長だった李は放送を書き取り、金日成主義を広めていた。

 だが、90年代後半になると、北で大量の餓死者が出て、社会主義の失敗が誰の目にも明らかになった。南の主体思想派は衰退し、地下組織も解体。李は過ちに気付き、北の民主化の手助けを目指すようになった。

 2005年12月10日の世界人権デー。「自由朝鮮放送」がソウルから放送を開始し、李も加わった。14年には、聴取率アップを目指して自由朝鮮放送など複数の対北放送局とデイリーNKが統合し、国民統一放送がスタートした。

 「(北朝鮮で)政府の統制力が落ちたとき、ラジオを聴いて民主主義と人権の概念を知った人がどれだけいるか、が分断克服の鍵だ。北が内側から変わらなければ」。李は、民主化ののろしが上がる日が来ることを願っている。

 ◎ 色眼鏡

 人権問題はイデオロギーに左右されない人類普遍のテーマだ。しかし、日本や韓国で北朝鮮の人権問題に向き合うと、色眼鏡で見られかねない。

 国民統一放送は北朝鮮を打倒する「新右翼」の政治活動だとの批判が根強い。放送がスタートした日、事務所には抗議デモが押しかけた。運営費の6割以上は米国の団体からの出資金で、国内の寄付金は少ない。政府の支援も不十分で、国内の周波数が割り当てられず、中央アジアのタジキスタンから送信している。

 日本では、北朝鮮批判が在日朝鮮人いじめにすり替えられることが多々ある。反対に、在日の人権に関心の高い人々が、北朝鮮内の問題にあえて声を上げないことも。電波が国境や体制を跳び越え届くように、すべての人権侵害に対して平等に、鋭敏でいたい。

 (共同通信記者 角南圭祐、写真 山下和彦、敬称略)=2016年06月15日

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