無罪に再審、疑問解ける   特別寄稿「『検証・免田事件[資料集]』を読んで」

2022年10月06日
共同通信共同通信

 熊本日日新聞や熊本放送の元記者でつくる免田事件資料保存委員会編集の「検証・免田事件[資料集]」が刊行された(現代人文社)。冤罪(えんざい)をテーマとするテレビ番組制作や著作が多い里見繁さんが書評を寄せた。

現代人文社から刊行された「検証・免田事件[資料集]」
現代人文社から刊行された「検証・免田事件[資料集]」

 

 ▽記者根性を反映

 本書に収められた資料の分野の広さに圧倒された。記者根性が反映されている。深い森に分け入るような静謐(せいひつ)だが興味の尽きない旅をさせてもらった。個人的な発見を2点紹介したい。

 1956年、第3次請求審で再審開始決定を出した熊本地裁八代支部の元裁判長、西辻孝吉氏のインタビュー記事を初めて読んだ。83年7月、免田栄氏に再審無罪判決が出た後の特集記事で、西辻氏は裁判官を辞めて弁護士になっていた。

 「(通常の裁判に出ていた)旧証拠であっても、再解釈次第でこれは(再審開始の要件を定めている刑事訴訟法の)条文の言う〝明らかな証拠をあらたに(発見したとき)〟に該当する。このような論理の立て方をしたんです。つまり、証拠の見直しですよ」

 再審請求の新証拠をきっかけにして古い証拠を読み替えることがあっていい、とはっきり言っている。新証拠の比重を、再審請求の審理の枠組みを示した「白鳥決定」よりさらに軽くしているようにも読めて、斬新だと思った。50年代、検察官の主張をほぼなぞるような裁判官が多かった時代に、こんな人がいた。

 西辻氏が見直した証拠とは、元接客婦のアリバイ証言である。法廷でも揺れていた証言を、他の証拠や証言と関連付けながら緻密に検討し、その結果、犯行当日にこの女性は確かに免田氏と同衾(どうきん)していたと結論付けた。

 ▽傲慢さ見抜く?

 もう1点、免田氏が自らの再審無罪判決に対して再審請求を申し立てた、その不思議な出来事に触れておきたい。なぜ、そんなことをしたのか。「再審無罪判決は、確定審の死刑判決を取り消していない。だから身柄の拘束も解消されていない」。突き詰めれば、そういうことだったと思う。

 熊本地裁は「無罪判決が確定した以上、身柄の拘置の前提となる確定判決の効力が失われたことは明らか…」として当然ながら請求を棄却したが、免田氏は実社会での居心地の悪さの理由を「法制度」の中に見つけようとしていたのだろうか、などと想像し釈然としないままだった。

 ところが、本書で九州大名誉教授の大出良知氏が2020年12月、熊本日日新聞へ寄せた免田氏の追悼文に出合った。

 ドイツ法では、新たな判決を言い渡すには有罪確定判決を取り消すことを前提としているが、日本では、再審の判決は新たな証拠関係によって言い渡され、有罪確定判決はその時点での証拠関係では誤っていなかったのだから、取り消す必要はないという理屈が法制定時にあったのではないか。

 そして大出氏はこう推論する。「免田さんは、そのような裁判所や立法当局者の誤判の責任を曖昧にする身勝手な論理を実感として見抜いていたのかもしれない」
 鋭い指摘だと思う。再審無罪判決を突きつけられても反省しない検察官の傲慢(ごうまん)さとどこかでつながっているとも思った。胸につかえていた疑問がふっと解けたような気がした。今回のこの分厚い本を巡る旅の一番の収穫なのかもしれない。

 【免田事件】熊本県人吉市で1948年12月、夫婦を殺害し、娘2人にも重傷を負わせたとして、免田栄さんが強盗殺人罪などに問われた事件。熊本地裁八代支部が死刑を宣告し、最高裁で確定した。免田さんは無実を訴え続け、第6次請求で福岡高裁が79年9月、再審開始を決定。地裁八代支部は83年7月、再審の判決でアリバイの成立を認め、無罪を言い渡した。23歳で別件逮捕され、釈放されたときは57歳だった。再審開始の決定は第3次請求でも出たが、取り消された。

 【再審と白鳥決定】刑事訴訟法では、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときなどに再審を請求できると規定。白鳥一雄警部射殺事件の再審請求を巡り、最高裁は1975年5月の決定で①「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審にも適用される②再審では、新証拠と他の全証拠を総合して判断する―という審理の枠組みを示した。この「白鳥決定」で、再審開始のハードルが下がったと評されている。

 (新聞用に2022年9月8日配信)