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各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

空爆の中、花を売る   緊急ルポ「戦禍のキエフ」

フリージャーナリスト 綿井健陽

 ロシア軍はウクライナ南東部への攻勢を強めている。停戦交渉は難航し、戦闘の激化に歯止めがかかっていない。ウクライナの首都キエフに3月23日入ったフリージャーナリストの綿井健陽さん(50)が、ロシア軍との膠着(こうちゃく)状態が続く現地の様子をルポした。

ロシア軍による空爆で破壊されたショッピングセンター=3月23日(撮影・綿井健陽、共同)
ロシア軍による空爆で破壊されたショッピングセンター=3月23日(撮影・綿井健陽、共同)

 

 ロシア軍侵攻から1カ月が過ぎたウクライナの首都キエフは、意外なほど静かだ。銃声の類は聞こえない。乾燥して冷たい空気を切り裂くように、砲声は時おり遠方から響く。 

 鉄骨と土のうとタイヤを積み上げたバリケードが道路を封鎖し、車はジグザグ走行と検問での身分証確認を何度も強いられる。ウクライナ軍兵士や警察、そして民間人が有志で参加する「領土防衛隊」も含めて、軍民一体での防衛態勢に入っているようだ。

キエフ市内の道路は、バリケードと検問が張り巡らされている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)
キエフ市内の道路は、バリケードと検問が張り巡らされている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)

 飲食店は閉じているが、カフェスタンドは営業しているところが増えた。スーパーマーケットや雑貨店、薬局などは営業しているが、酒類は販売禁止。新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出された、2年前の東京を思い出す。電気や水といったライフラインは確保され、電話やインターネットの通信環境も破壊されていない。クレジットカードでの支払いも可能だ。

 2001年のアフガニスタン戦争では、米軍の空爆開始から約1カ月で当時のタリバン政権は首都カブールから撤退、03年のイラク戦争では約3週間でフセイン政権は崩壊した。それらに比べると、首都の「戦下の日常」は驚異的に保たれている。

 しかし首都の周辺地域は様相が異なる。西郊外の街イルピンは激しく空爆され、キエフへの避難民が途絶えない。負傷者を治療する拠点では、キエフ中心部とはレベルの異なる衝撃の砲声が何度も響いていた。

ロシア軍の攻撃が続いた街イルピンから避難したオスカーナさん。前日に夫が空爆で死亡した=3月25日(撮影・綿井健陽、共同)
ロシア軍の攻撃が続いた街イルピンから避難したオスカーナさん。前日に夫が空爆で死亡した=3月25日(撮影・綿井健陽、共同)

 25日午後、イルピンから避難してきたガルヤーナさん(81)は、愛猫2匹の入ったかごと、小さなかばんだけを持っていた。息子と娘はロシア軍侵攻開始後、すぐに故郷を離れたが、彼女は残った。自宅は空爆で破壊され、避難しようとしたら橋が破壊された。「小さい船で川を渡っている時も、ロシア軍は攻撃してきた」と訴える。

 彼女の脇で、主婦オスカーナさん(37)は、ぼうぜんとした表情を浮かべていた。24日に空爆で夫を失った。爆撃が続き、自宅で倒れていた夫に近づくこともできないまま避難するしかなかった。「遺体を埋葬することもできず、夫は放置されているはず。私は何もできずに、ここにいる」。そう話し涙ぐんだ。

 地下鉄の出口では、老夫婦が私に訴えた。「ウクライナは涙ばかりじゃない。ここには笑顔も花もあるでしょう」。確かに、営業中の花屋さんを街中で何度も見かけた。

毎日午前10時から午後4時までの間、マリアさんは路上で花を売っている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)
毎日午前10時から午後4時までの間、マリアさんは路上で花を売っている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)

 地下鉄駅近くで花を売るマリアさん(65)は、空爆開始の数日後から路上で店を構えた。長女はロシアに、次女はウクライナ西部で暮らしている。「引き裂かれた国の間で、娘たちといつ再会できるのか」と憂う。

 集合住宅の21階で暮らす彼女は「自宅は空爆の標的になって怖い。ここで毎日花を売って人と話し、気持ちを落ち着かせている」と話す。白いブーケを買ったジェンナさん(60)は「美しさが失われていく毎日だから、この花で日常に美しさを少しでも取り戻す」と笑顔で語った。

 マリアさんは、この日はブーケが10束も売れたと満足そうだが、未来への不安は募る。「もし戦争がずっと続いたら、いつか花はなくなるでしょう。誰も花の世話をしなくなるでしょう。来年には、ここから花は消えているかもしれない」

公共施設の地下室で避難生活を続ける3人。近所に住む顔なじみで、いつも家族のように寄り添っている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)
公共施設の地下室で避難生活を続ける3人。近所に住む顔なじみで、いつも家族のように寄り添っている=3月27日(撮影・綿井健陽、共同)

 

 キエフで出会った人たちは、誰もがロシア軍との戦いには自信を持っていた。同時に、戦争の長期化を懸念している人も多かった。戦禍を生き抜く人々にとって、これから必要なものは何なのか。キエフの街中に、花屋が残るのか、それとも消えていくのか。小さな「戦下の日常」の変化が気掛かりだ。

 (新聞用に2022年3月29日配信)

プロフィール:わたい・たけはる 1971年大阪府生まれ。ジャーナリスト。イラク戦争のドキュメンタリー映画「リトルバーズ」などを撮影・監督。共著に「ジャーナリストはなぜ『戦場』へ行くのか」。

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