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各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

警察動かず実効性疑問   視標「侮辱罪の厳罰化」

弁護士 神田知宏

 侮辱罪の法定刑の引き上げが法制審議会から法相に答申され、来年の通常国会に刑法改正案が提出される見通しだ。現在、侮辱罪の法定刑は拘留または科料だが、ここに懲役刑・禁錮刑や罰金刑を追加する。

 改正の目的は、昨今、社会問題となっているネットでの誹謗(ひぼう)中傷の抑止にある。昨年、プロレスラーの木村花さんが自殺した事件では、投稿者は侮辱罪に問われ、科料9千円の刑罰を受けた。しかし、このような軽い刑罰では犯罪抑止効果に乏しいのではないか、今後も悪質な誹謗中傷が後を絶たず、痛ましい事件がまた起きるのではないか、といったところが議論の出発点だ。

 今回の侮辱罪の厳罰化により、犯罪抑止効果が期待できるとの見解もあるが、私は、それほど実効性はないと考えている。というのも、いくら刑罰が重くなったところで、犯人を捜査して刑事事件として立件するのは警察であり、警察が動かなければ厳罰化は絵に描いた餅だからである。

 私は、ネットで誹謗中傷された被害者の依頼を受け、刑事告訴のため警察へ赴く業務もしているが、警察が名誉毀損(きそん)罪の告訴状をすんなり受け取ったことはほとんどない。「先生、警察にはね、殺人事件とか、もっと重大な事件もあるんですよ」などと言われ、暗に「名誉毀損罪や侮辱罪のような軽い犯罪の刑事告訴を持ってくるな」と、告訴状の受け取りを拒否されたこともある。

 知人の弁護士などは、名誉毀損罪の告訴状を持って行ったところ「うち、そういうのやってないんで」と言われたという。ならばと告訴状を郵送すると返送され、何度送っても突っ返されたとの話もある。こういった弁護士の体験談は枚挙にいとまがない。警察は名誉毀損罪の告訴状を受け取りたくないのだろう。

 いくら侮辱罪を厳罰化したところで、名誉毀損罪と同等か、それ以下の軽い犯罪であることに変わりはない。そうすると、侮辱罪の告訴状を持って行っても、警察が渋い顔をするのは想像に難くない。

 もちろん、警察が全てそうだというつもりはない。被害相談に行ったところ「次は告訴状を持ってきてください」と前向きな警察もあるし、被害相談の場で被害者の話を聞き取り、告訴状を作ってくれた警察もある。ただ、数は少ない印象だ。

 そのため、ネットでの誹謗中傷問題については、厳罰化に頼るのではなく、引き続き多方面の解決策を考えるのがよい。解決策の一つとして、今年4月には、加害者を突き止めやすくするプロバイダー責任制限法の改正があった。また、地方自治体が条例を作り、住民に対する誹謗中傷を削除請求している例もあるが、いずれも対症療法である。根本的な解決を目指すにはどうすればよいかも考えねばならない。

 そもそも、法は人間社会のルールであり、全ての人が共存していくためのルールである。それを形にしたものが法律であったり、制度であったりする。ならば、ネットの誹謗中傷問題を解決し、暮らしやすい社会にするための法は、根源的には個々人の中にある。まずもって、個々人がネットで人を傷つけないよう、ルールを意識することが重要だと思う。

 (2021年11月20日配信)

プロフィール:かんだ・ともひろ 1966年石川県生まれ。一橋大卒。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。グーグルに対する「忘れられる権利」の裁判をはじめ、ネット上の権利侵害を巡る多くの紛争を手掛けてきた。

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