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各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

決めつけて殺すな  視標「無差別殺傷事件と日本」

作家・活動家 雨宮処凛

 5月末、川崎市で小学生ら20人が襲われ、2人が死亡した。犯人と思われる51歳の男性はその場で自殺。長らく引きこもっていたと報道された。

 その4日後、近所にある小学校の運動会の音に「うるせえな、ぶっ殺してやるぞ」と口にした東京都練馬区の44歳の男性が父親に殺された。男性はやはり引きこもっていたそうで、父親は「周囲に迷惑をかけたくないと思った」と話しているという。

 川崎と練馬の事件を受けて頭に浮かんだのは、3年前に起きた相模原事件だ。「障害者は不幸をつくることしかできません」と主張する元施設職員が、19人を殺害した。それが「日本国と世界のため」だと男は言った。

 それよりずっと前、別の形で障害者が殺された事件があった。1970年、重度障害のあるわが子を母親が殺した事件だ。「こんな姿で生きているよりも死んだ方が幸せなのだ」。母親は、そんな思いからわが子を手にかけたという。事件には世間の同情が集まり、母親への減刑嘆願運動にも発展した。

 その時「母よ、殺すな!」と声を上げたのは脳性まひの当事者たちだった。勝手に「不幸」だ、「死んだ方がいい」と決めつけて殺すな、と。

 練馬の事件の一報を聞いた時、頭に浮かんだのはそんなものたちだった。父親は、「川崎の事件を知り、長男が人に危害を加えるかもしれないと思った」と供述しているという。

 「死んだ方が幸せ」と母親に殺された障害児。そして、生きていると「周囲に迷惑」をかけるかもしれないからと父親に殺された44歳の息子。川崎の事件の犯人が自殺したことを受け、世にあふれた「死ぬなら1人で死ね」という言葉。

 障害者19人が殺害された同年には、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ!」と書いた男性アナウンサーのブログが批判を浴びた。が、つい最近まで彼は「日本維新の会」の公認候補となっていた。昨年には、杉田水脈氏の論文の「生産性」という言葉が話題となり、いつの間にか「日本は少子高齢化で財源不足なんだから、命の選別をすることは仕方ない」というような風潮が高まっているのを感じる。

 そんな空気の中、川崎の事件に対してあるタレントは犯人を「不良品」にたとえ、一方で練馬の事件で社会に迷惑をかける可能性のある息子を殺した父親には、一部、称賛の声さえ上がっている。殺された息子は、なんら法に触れることをしていないのに。

 そんなこの国では、障害者に90年代まで強制不妊手術が行われていた。「優生上の見地から、不良な子孫の出生を防止する」。そう明記された旧優生保護法は90年代後半までこの国に存在した。現在、多くの当事者が強制不妊手術に抗議の声を上げているが、私たちの社会はそのような悲劇から何を学んできたのか。

 ひとつひとつの事件にはさまざまな背景がある。しかし、どこかで地下茎のようにつながっている。キーワードは「迷惑」かもしれない。国の財政の負担となり、財政面で「迷惑」をかけるかもしれない「生産性」のない人々の命が軽く見られ、時にあらかじめ「生まれてこないように」する処置すらなされ、「迷惑をかけるかもしれない」という理由で子が親に「予防的に」殺される。

 確認したいのは、社会とはある意味で「迷惑」をシェアし、それを工夫して助け合っていくシステムではないかということだ。きれいごとと言われても、残酷な「本音」が「理想」や「建前」を切り崩す今だからこそ、そのことを強調したい。

 (2019年6月6日配信)

あまみや・かりん

名前 :あまみや・かりん

プロフィール:1975年北海道生まれ。著書に「非正規・単身・アラフォー女性」「一億総貧困時代」など。

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