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各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

風に消された声と声 視標「千葉小4女児死亡事件」

琉球大教授 上間陽子

 沖縄には、「風かたか」という言葉がある。「かじかたか」と読み、暴風を防ぐ風よけという意味がある。

 沖縄の歌手古謝美佐子の「童神(わらびがみ)(天の子守歌)」は「風(かじ)かたかなとてぃ 産子(なしぐわ)花咲かさ」と歌う。「生きていくなかでは、雨も風も吹くだろう。どうか私が風よけとなりますように。生まれてきたこの子の花を咲かせてあげられますように」。確かにそうだ。暴風から守る手のひらがあれば、花は開く。どんなに吹き荒れる暴風であっても、重なりあう手のひらがあれば、そこで花々は咲き開く。

 あの子の家で暴風を受けていたのは、まず母親である。暴力を受けながら次女を生み落としたあと、繰り返される暴力が今度は娘に及ぶかもしれないと、自分の母親や医師に、彼女は何度も訴えている。このときまでは、母親は娘の風かたかになろうとしたのだろう。でも彼女自身の声を聞き取るものはその母親、つまり祖母以外は誰もいない。

 娘の訴えを聞いた祖母は、学校に市役所に、何度も訴えている。娘が夫に暴力を受けている、娘は今度は子どもが暴力を受けないか怯(おび)えている、と。祖母もまた、娘と孫娘の風かたかになろうとしたのだろう。行政という後ろ盾を持っている人間にさえ恐怖を与え、要求に応じさせてしまうような男の暴力から。でも祖母の声を聞きとるものは誰もいない。

 沖縄県糸満市の小学校では、父親と祖父母があの子を挟みどちらが連れて帰るかもめた日に、父親が親権者だという理由で、教師たちは父親にあの子を渡す結果になった。そこには、女と子どもの声を聞き取るものは誰もいない。そしてそれが、祖母の前から、孫娘が消えたその日となったという。

 誰があの子の声を聞いたのだろうか? 声を聞き取ることができたのは、転居先の千葉県野田市の小学校の教師である。匿名でも出すことのできるアンケートにあの子が名前を書いたのは、この先生ならば聞き取ってくれると思ったからだ。事実、その教師は、家の中で起こり続けてきたことを、あの子の口から聞き取った。

 「頭なぐられる 10回(こぶし)」「口をふさいで息がとまらないゆかにおしつける」「自分の体だいじょうぶかな?」「おきなわでは、お母さんがやられていた」

 あの子は帰りたかったのではないだろうか。かつては、風かたかになろうとした母のいる場所へ。あるいは灼熱(しゃくねつ)の街を必死で歩き、風かたかになろうとした祖母のいる場所へ。あるいはまた、母を守り、祖母を支え、自らもまた風かたかになろうとして、幾重にも手のひらを重ね合わす大人たちがいる場所へ。

 こんなことを、いつまで繰り返すのだろうか。私たちは今度もまた、風かたかになれなかった。

 (2019年2月8日配信)

うえま・ようこ

名前 :うえま・ようこ

プロフィール:1972年沖縄県生まれ。教育学の見地から、多くがパートナーから暴力を受けている女性の調査・支援を続ける。著書に「裸足(はだし)で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」がある。

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