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各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

欠ける痛みへの理解  視標「韓国元徴用工判決」

弁護士 在間秀和

 戦時中、日本製鉄(現新日鉄住金)で働かされた韓国人元徴用工に損害賠償を支払うよう同社に命じる判決が韓国最高裁で確定した。大きく取り上げた日本のマスコミの論調は、ニュアンスの違いはあるものの、韓国政府の責任を厳しく指摘し、韓国最高裁を非難する内容が大勢であった。

 安倍晋三首相はこの判決を予想していたかのように「国際法に照らしてあり得ない判決だ」と発言した。マスコミの中には、この日本政府の厳しい対応を「当然」と評価する論調もある。

 だが果たしてこのような対応で良いのだろうか。今回の判決は最高裁で長い審理の末示された。判決には13人の判事のうち5人が個別意見、2人が反対意見を述べている。最高裁でも相当深刻な議論が交わされたことがうかがえる。私は1995年から日本での元徴用工裁判に関わってきたが、この判決を冷静に、そしてもっと真摯(しんし)に受け止めるべきだと思う。

 まず問われるべきは首相の発言だろう。国家間協定によって個人請求権も本当に放棄されたことになるのか。「否」という答えが国際法の一般的な解釈だ。

 そのことは91年8月に当時の外務省条約局長が参院での答弁で認め、94年度の外務省調査月報においても改めて確認されている。また国の責任が追及された裁判(例えば55年に提訴された原爆訴訟やその後のシベリア抑留訴訟など)では国自らが主張してきた。

 日本政府は65年の日韓請求権協定で「個人請求権は解決済み」と強調する。「長年の協議の末、国家間で合意し、莫大(ばくだい)なお金を払ったのだから、後になって蒸し返すことは許されない」との論は一見もっともに思われる。安倍首相もそのことを言いたかったのだろう。

 しかし、協定によって被害者個人の権利が消滅するという見解は国際法の常識に反するし、これまで繰り返し示されてきた日本政府の見解にも反している。協定で「完全かつ最終的に解決」といくら修飾語が付されて解決済みが力説されても、この理に変わりはない。

 ここで考えるべきことは、国と国との間で「解決済み」とされたのに、なぜ被害者個人が裁判にまで訴えるのか、という問題だと思う。そして、国家間では「解決済み」とされているが、肝心の当事者本人は納得できていない現実がある。

 そのような事態を招来したのは、その協定を締結した国家の責任というほかないのではないか。またその国家というのは韓国だけなのか、というもう一つの問題がある。

 確かに、韓国では協定に基づく巨額の資金のうち数%しか戦争被害者に支払われなかった。これは、当時の韓国政府の重大な責任だ。では、日本政府に全く責任はないのか。

 日本政府が自ら引き起こした戦争の責任を真摯に認め、韓国の被害者たちが受けた被害に対する賠償であると真に受け止めることができているのなら、その人たちが個人の権利を振りかざし訴訟を起こすことは、そもそもないだろう。

 日韓協定は51年から14年もの歳月をかけて締結された。問題はその間の日本政府の対応にあったのではないか。植民地支配の責任を否定し、賠償額の減額に腐心してきた態度―。これでは被害者はいくら巨額の賠償金でも納得できないだろう。

 日本側に最も欠けているのは、長年の植民地支配に苦しんだ人たちの痛みを理解しようとする姿勢だと思う。

 (2018年11月6日配信)

ざいま・ひでかず

名前 :ざいま・ひでかず

プロフィール:1948年広島県生まれ。75年弁護士登録(大阪弁護士会)。広島三菱重工の元徴用工補償請求訴訟の弁護団代表。在外被爆者訴訟にも取り組む。

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