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国立追悼施設が必要  視標「靖国神社宮司辞任」

弁護士 内田雅敏

 靖国神社の小堀邦夫宮司が辞任した。職員研修会で、戦没者慰霊の旅を続ける天皇は靖国神社をつぶそうとしていると発言したことを批判されての辞任だ。天皇の慰霊の旅先には、遺骨は有るかもしれないが、御霊(みたま)はないとも語った。戦死者の魂独占の虚構と天皇参拝が靖国神社の生命線であり、天皇の不参拝にいら立つ宮司の発言は同神社の本音ではなかろうか。

 靖国神社は1879(明治12)年、別格官幣社として設立された。

 官幣社は大社、中社、小社の3種があり、官幣大社は出雲大社など当初29社だった。別格官幣社は官幣中社、小社と同格で、楠木正成を祭神とする湊川神社が最初。次いで靖国神社、北畠神社など天皇に尽くした臣下を顕彰する神社として続々設立された。いずれも祭神を褒め、たたえる顕彰を主目的とし、追悼施設ではない。

 靖国神社が、戦後の今なお、世界で通用せず、また日本政府の公式見解にも反する、先の戦争を正しい戦争であったとする聖戦史観に立つのは、追悼施設ではなく、顕彰施設だからだ。間違った戦争で死者を「護国の英霊」として顕彰することはできない。このことがアジアからの批判を呼ぶA級戦犯の合祀(ごうし)につながり、また天皇参拝取りやめの原因ともなった。

 戦前、靖国神社が、他の神社を凌駕(りょうが)する特別な地位を獲得し得たのは陸、海軍省が所管し「天皇の軍隊」の戦死者の魂全てを祭り、そこに、臣下に頭を下げることのない天皇が参拝してくださるとされたからだ。

 戦後新憲法下、靖国神社は単なる一宗教法人となったが、戦後も戦前と同様、特別な地位を占めるため、戦死者の魂独占の虚構維持と天皇参拝の継続に腐心した。国立の追悼施設を設けていない国も、これを助けた。

 靖国神社は、連合国軍総司令部(GHQ)による国家神道廃止指令に先立つ1945年11月20日、天皇列席の下、臨時大招魂祭を行い、先の戦争の戦死者全ての御霊を招き寄せたとする。しかし、それだけでは、個々の戦死者を特定できず祭神として合祀できない。合祀するためには、国からの情報が不可欠だ。

 国は、戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用した全ての戦死者の名前を「祭神名票」として靖国神社に自動的に送付する。

 靖国神社は、戦死者、遺族の意向はお構いなく「護国の英霊」として合祀する。植民地下にあった韓国人戦死者も創氏改名の日本名で合祀する。靖国神社は、家族からの合祀取り下げ要求には絶対に応じない。生命線である戦死者の魂独占の虚構が崩れるからだ。

 この虚構は、国からの祭神名票の送付によって成り立つ。国が戦死者に対する追悼を祭神名票の送付を通して一宗教法人にすぎない靖国神社に事実上委ねているのは怠慢だ。天皇の慰霊の旅にお任せすべきでもない。

 戦死者は国の命令によって戦場に駆り出され、「戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタ」(終戦の詔勅)。彼らに対する追悼は国の責任においてなすべきだ。8月15日の全国戦没者追悼式だけでなく、全ての人が参拝できるよう、沖縄の平和の礎(いしじ)のような、ひたすら追悼だけを目的とした無宗教の国立の施設が必要だ。

 (2018年10月17日配信、10月31日に小堀宮司正式辞任などに伴う差し替え)

うちだ・まさとし

名前 :うちだ・まさとし

プロフィール:1945年愛知県生まれ。75年弁護士登録(東京弁護士会)。著書に「靖国参拝の何が問題か」など。

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