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情報公開、社会を変える  三木由希子さん 連載企画「憲法 マイストーリー」第3回

       第3回
       第3回

 東京都新宿区内にあるNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の事務所で2018年2月19日夜、連続講座「情報公開制度を使う」の2回目があった。

 「情報公開の請求書では、個別の文書を指定する必要はなく、知りたいことの範囲と内容が分かるよう書けばいい」。クリアリングハウスの理事長で講師の三木由希子(みき・ゆきこ)さん(1972年生まれ)が聴講者に公開請求のこつを伝える。


 また下調べとして領収書など経費の支出に関する資料や、知事運転手の日誌など人の動きを示す記録の開示を求めるのが有効だと三木さん。

 これらの開示により、95年に東京都知事が座るいすなどの購入費が約120万円だったことや舛添要一氏が都知事当時、公用車で都内と神奈川県湯河原町の別荘を行き来していたことが明らかになったという。

連続講座「情報公開制度を使う」の2回目で、聴講者に公開請求のこつなどを伝える「情報公開クリアリングハウス」理事長の三木由希子さん=2018年2月19日、東京都新宿区(撮影・竹田昌弘)
連続講座「情報公開制度を使う」の2回目で、聴講者に公開請求のこつなどを伝える「情報公開クリアリングハウス」理事長の三木由希子さん=2018年2月19日、東京都新宿区(撮影・竹田昌弘)

 

 三木さんは「行政機関が発出した文書の名称などを記録する収受簿や、幹部職員の事務引き継ぎ書も行政の動きを知るのに役立つ」と助言した。

 ▽施行前に大量廃棄
 
 クリアリングハウスの前身団体「情報公開法を求める市民運動」は、80年に消費者団体や薬害被害者弁護団などのメンバーが中心となって結成。情報の非公開、秘密が当たり前の政府や地方自治体を批判し、法律や条例を作って市民の知る権利を獲得しようと訴えた。

国の行政機関に対する開示請求と不服申し立て件数の推移
国の行政機関に対する開示請求と不服申し立て件数の推移

 各自治体の情報公開条例に続き、情報公開法が99年に成立(2001年施行)。これを機に現在の名称に改め、NPO法人に。知る権利が保障されるための調査や支援などに取り組んできた。


 三木さんは横浜市立大に在学中、前身団体を手伝い、1996年に卒業後はスタッフとなった。

 「自分の大学入試センター試験の結果が知らされないことに疑問を感じ、前身団体のメンバーのアドバイスで、横浜市の条例に基づいて入試結果の開示を請求した。これが情報公開の世界へ入るきっかけだった」

 市は不開示と決定し、不服を申し立てた審査会も不開示を支持したので提訴したが、敗訴した。
 
 しかしその後、大学入試センターや各大学は入試結果の開示制度を整備し、合否判定のミスなどが判明している。

 クリアリングハウスで三木さんは理事に。各省庁が業者に委託した文書廃棄の経費資料を開示請求し、財務省、農林水産省、警察庁、環境省などが情報公開法施行直前の00年度に文書を大量に廃棄したことを突き止める。
 
 業者からの請求書に記載されたキロ単位の廃棄量は、前年度の数倍から十数倍に上っていた。
警察不祥事の関連文書を開示請求したところ、特定の個人が識別できるとして、全て黒塗りの文書(右)が開示された。不服を申し立てると、それが新聞記事(左)と分かったが、一部は黒塗りのままだった(情報公開クリアリングハウス提供)
警察不祥事の関連文書を開示請求したところ、特定の個人が識別できるとして、全て黒塗りの文書(右)が開示された。不服を申し立てると、それが新聞記事(左)と分かったが、一部は黒塗りのままだった(情報公開クリアリングハウス提供)

 

 ▽「国民共有の資源」


 こうした各省庁の文書「捨て放題」は、官房長官と首相を歴任した福田康夫氏が熱心に進めた公文書管理法制定(09年、施行は11年)により、一定の歯止めがかかる。

 「公文書は情報公開法で行政の説明責任を果たす手段としか位置付けられていないが、公文書管理法には『民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの』と定められた。大転換なのに、政府は変わろうとしない」と三木さんは指摘する。

 11年から三木さんが理事長となったクリアリングハウス。政府が不開示や不存在などの決定をした、①イラク戦争検証報告書、②日米の合意がない限り、日米合同委員会の議事録などを公表しないと決めた事実が分かる文書、③森友学園への国有地売却に関する交渉・協議記録―について、15年7月以降、決定取り消しなどを求めて東京地裁に相次いで提訴した。

 ①は3分の2が黒塗りで、②の事実は国が別の訴訟で既に明らかにしているのに開示しない。③は廃棄したと言っていたが、交渉・協議の法律相談文書が保管されていたことが判明している。

 三木さんは「私たちが税金を納め、政府は代わりに公の仕事をする。批判を加えながら、よりよいものにしないと、私たちが損をする社会が続いてしまう。情報公開はそんな社会を変える手段であり、結果的には憲法の『国民主権』や権力の民主的なコントロールに行き着く」と考えている。
(共同通信編集委員 竹田昌弘)
 
 
       第3回
       第3回

 

情報公開法
 
 地方自治体の情報公開条例は1982年4月、山形県金山町が初めて施行、多くの自治体が続いた。情報公開法は非自民の細川政権が94年2月に本格検討を閣議決定し、99年5月に自民中心の小渕政権下で成立した。施行は2001年4月。

 同法は行政機関の職員が職務上作成、取得した文書で組織的に用い、行政機関が保有するものを行政文書と定義。①特定の個人を識別できる、②国の安全、他国との信頼関係を害する、③公共の安全や秩序維持に支障を及ぼす―などの情報を除き、開示を義務付けている。

参院本会議で情報公開法案の趣旨説明をする太田誠一総務庁長官。後方は小渕恵三首相=1999年3月5日
参院本会議で情報公開法案の趣旨説明をする太田誠一総務庁長官。後方は小渕恵三首相=1999年3月5日

 11年4月に民主党の菅政権が国会に提出した同法改正案は「国民の知る権利」を明記。首相は行政機関が不開示とした文書の開示を勧告できる制度や、裁判所が訴訟となった文書に目を通して判断する「インカメラ審理」の導入などが盛り込まれたが、政権交代で成立しなかった。(竹田)

 

(2018年3月2日配信)

 
 

 

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