メニュー 閉じる メニュー
全国

全国

47オピニオン

各テーマの専門家に原稿を依頼したり、取材してまとめたりした「識者評論」「視標」、編集委員や論説委員、専門記者らが執筆した「核心評論」を随時アップ。

国が権利侵害、許さない  馬奈木昭雄さん 連載企画「憲法 マイストーリー」第4回

 2018年1月23日午後、長崎県諫早市。農林水産省の官僚と漁師らがホテルの会議室で向き合った。国営諫早湾干拓事業を巡る意見交換会。長年対立してきた双方の表情は硬い。

 漁師側に座る弁護士の馬奈木昭雄(まなぎ・あきお)さん(1942年生まれ)が穏やかな口調で農水省側に語り掛ける。

国営諫早湾干拓事業を巡る農水省と漁業者の意見交換会で、意見を述べる漁業者ら=2018年1月23日、長崎県諫早市(撮影・飯田裕太)
国営諫早湾干拓事業を巡る農水省と漁業者の意見交換会で、意見を述べる漁業者ら=2018年1月23日、長崎県諫早市(撮影・飯田裕太)

 「漁業も農業も、全体が良くなるにはどうすればいいのか、ちゃんと議論しましょう。それが私どもの提案です」

 諫早干拓は事業着手から30年を超えた今も、地域の「足かせ」となっている。

 漁業者は「湾を閉め切ったことが不漁の原因」と排水門の開門を求め、国と営農者は「塩害になる」などと反対する。

 裁判が乱立し、解決は見通せない。意見交換会でも双方の主張は平行線のままだった。

 それでも、漁業者側の弁護団長を務める馬奈木さんは「営農者も苦しんでいる。行政も含め、皆が知恵を出せば解決するはずだ」と悲観しない。

 ▽法廷外が主戦場

 弁護士になって半世紀近くがたった。水俣病の患者、じん肺の炭鉱労働者、中国残留孤児、川辺川ダム建設に反対する住民など、立場の弱い側に寄り添い、国や大企業などと対峙(たいじ)し続けた。

 周囲は「正義の人」と評するが、馬奈木さんは「正義でも力がなければ何の意味もない。力を持ち、人々の権利を守ることが重要」と話す。

 裁判で相手を打ち負かしただけでは、闘いは終わらない。判決に従わず、平然としている国を何度も見てきた。

 水俣病では、司法が行政より幅広く患者認定して救済を図っても、国は認定基準をなかなか改めようとしない。諫早干拓では、排水門の開門を命じた判決が確定したにもかかわらず、国は現在も門を閉ざしている。

 「官僚は自分たちが正しいと信じ、司法判断すら顧みない。人間のすることには誤りが当然あるのに、指摘されても改めない」と馬奈木さんはみている。

 そこでどうするかが弁護士の腕の見せどころ。原則は明快で「民意がわれわれの側にあることを裁判所に示して勝訴し、地方自治体や企業を動かす努力をする。そうすれば、国も無視できない。主戦場は法廷の外にある」という。

諫早干拓を巡る訴訟の和解協議を終え、福岡高裁を出る馬奈木昭雄弁護士=2018年3月5日(撮影・金子卓渡)
諫早干拓を巡る訴訟の和解協議を終え、福岡高裁を出る馬奈木昭雄弁護士=2018年3月5日(撮影・金子卓渡)

 

 筑豊じん肺訴訟や、弁護団の一員だった川辺川ダム訴訟は勝訴をてこに、国と和解するなどして解決した。どの訴訟も闘い方の原則は同じだ。

 ▽確定判決覆す司法

 実は、この手法は先輩弁護士たちから学んだ。

 東京のJR有楽町駅前で政党のビラをまいた人が「交通に著しい影響を与えた」として道交法違反罪に問われた1960年代の事件。先輩弁護士は有楽町駅前で配られるビラを毎日集め、裁判所へ届け続けた。

 粗雑なビラが大量に日々配られている現実を見せ、特定のビラだけ有罪にする非常識さを裁判官に知ってもらう。法廷での弁舌でなく、現場での工夫。判決は無罪だった。

 こうした手法が通用するのも、人々の権利を保障する憲法があるから。水俣病の被害を地域の人々が訴えた始めた当初、根拠となる法律はなかった。一方で生存権や基本的人権の侵害は明白。憲法をよりどころにして解決を目指した。

 「97条にある通り、私たちの権利は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果。これを次代に渡す義務がある。そのためにも、現場で権利を守る闘いを続ける」

 2018年2月26日。諫早干拓を巡る訴訟の一つで、福岡高裁は国側、漁業者側に和解を勧告した。判決では解決にほど遠いことを裁判所も踏まえた。

 ただ3月5日の和解協議で高裁が「開門しない」という国の主張に沿って協議を進めると宣言。国は和解案として開門しない前提で100億円の基金を示し、有明海の漁業者を揺さぶり続ける。

 馬奈木さんは「開門を命じた確定判決を、裁判所が覆そうとするとは。憲法を守れと国に言い続けてきたが、司法にも言わなければならなくなった」とあきれている。(共同通信社会部次長 斉藤友彦)

 《追記》和解協議は2018年5月に決裂。7月の福岡高裁判決は、開門を命じた確定判決を無効とする逆転判断を示した。馬奈木さんら漁業者側は8月、判決を不服として最高裁に上告した。

 

【ヒストリー】基本的人権

 日本国憲法で「基本的人権」という言葉が出てくるのは11条と97条。似た内容の条文だが、最終第10章「最高法規」にある97条は、基本的人権を英国マグナカルタ以来の「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」とし、独裁や軍国主義など「過去幾多の試練」も乗り越え、国民に「永久の権利として信託されたもの」と位置付ける。

自民党が2012年に発表した改憲草案では、現行憲法の97条は削除するとなっている
自民党が2012年に発表した改憲草案では、現行憲法の97条は削除するとなっている

 憲法が最高法規であることの実質的根拠を示したとみられている。

 一方、自民党の2012年改憲草案では、基本的人権は「侵すことのできない永久の権利として、現在および将来の国民に与えられる」と定める11条を「侵すことのできない永久の権利である」と書き換え、重複しているとして97条を削除する。

 改憲草案のQ&Aでは「人権は神から人間に与えられるという西欧の天賦人権思想に基づいたと考えられる表現を改めた」と説明している。(共同通信編集委員 竹田昌弘)

 (2018年4月2日配信)

最新記事