(16)インドネシア 辺境の地駆ける電動バイク  不便逆手に普及、雇用生む  パプア人の自立を胸に

2022年10月01日
共同通信共同通信

 5人ほどがやっと乗れるだけの小型モーターボートに揺られながら、褐色の大河を渡る。左右に見える岸辺にはマングローブの原生林が生い茂る。現代社会から隔絶された、別世界に入ったような不安に駆られた。

 


 インドネシア東部パプア州・アスマット県。パプア州は世界で2番目に大きなニューギニア島の西半分の大半を占め、同国で最も開発が遅れた地域とされる。この中でもアスマット県はさらに「秘境」として知られ、県都アガツへのアクセスは船だけだ。

 


 大河の先に桟橋が見えてきた。アガツだ。町全体が湿地帯の上にある。上陸すると、道が狭いのが目についた。「道の幅は約4メートル。湿地帯から1・5メートルほどの高さに家が建てられているんだ」。地元住民のムスヤディ(52)が教えてくれた。その道をひっきりなしに行き来しているのが電動バイクだ。

 

 ▽秘境の駆動音


 「ウィーン」というバッテリーの駆動音が背後から聞こえてくる。走行音は静かで、近づいてきたことに気づかなかった。事故の危険性があるとしてガソリン車の使用が国軍と警察車両、救急車にのみ限定されているアガツで、電動バイクは庶民の足となっている。

 

 「千の板の町」。移動手段が徒歩か自転車で、かつて木の板をつなぎ合わせた道しかなかったアガツは、そう呼ばれた。

 

 

 湿地帯の上に造られた木の板の道を電動バイクで走る住民。「ガタガタガタ」。子どもが水遊びし、女性が日傘を差して散歩するのどかな集落に板が揺れる音が響いた=インドネシア東部パプア州・アスマット県アガツ郊外、2021年11月
 湿地帯の上に造られた木の板の道を電動バイクで走る住民。「ガタガタガタ」。子どもが水遊びし、女性が日傘を差して散歩するのどかな集落に板が揺れる音が響いた=インドネシア東部パプア州・アスマット県アガツ郊外、2021年11月

 

 

 「2006年頃から電動バイクがアガツに入り始め、10年ごろから劇的に増え始めた。この頃にアガツでコンクリート製道路の整備が進み、道幅が広くなったためだ」。アスマット県運輸局長のアンボ(54)は、木造平屋建てのオフィスで資料を片手に語った。


 20年末の電動バイクの登録台数は県全体で5050台。うち8割がアガツでの利用だ。1世帯で2~3台所有している住民もおり、毎年3~4割ほどの勢いで増えているという。「電動バイクが市民に普及しているインドネシア唯一の県都だ」。アンボは誇らしげな表情を浮かべた。

 


 アガツの人口は約2万4千人で、端から端までが5キロほど。電動バイクで十分移動できる距離だ。ガソリンを使うバイクと違って時速20~30キロしか出ず、事故が起きる可能性が低いことも行政として後押しする理由となった。18年には大統領のジョコが視察に訪れ、自ら電動バイクを運転して住民の歓迎を受けた。

 

 

 ▽日常風景

 

 アガツで利用される電動バイクはほとんどが中国製で、ジャワ島東部のインドネシア第2の都市スラバヤから船で運ばれてくる。

 

 1台約1200万~1400万ルピア(約10万~12万円)の価格はアガツの人たちにとって決して安くはない。だが、入荷待ちとなっている販売店もあるほどの人気で、路上の野菜売りの前を2人や3人乗りの電動バイクが行き交うのは日常風景となっている。

 

 小学校の校庭で四女パトリシアを電動バイクの後部座席に乗せるフェリクス。多くの親が同様に朝、子どもを電動バイクで送り、子どもたちは板張りの校庭に楽しそうに駆け出していった=インドネシア東部パプア州・アスマット県アガツ、2021年11月
 小学校の校庭で四女パトリシアを電動バイクの後部座席に乗せるフェリクス。多くの親が同様に朝、子どもを電動バイクで送り、子どもたちは板張りの校庭に楽しそうに駆け出していった=インドネシア東部パプア州・アスマット県アガツ、2021年11月

 

 「そろそろ時間だな。行こうか」。朝6時半、フェリクス(56)が四女のパトリシア(12)に声を掛け、後部座席に乗せて小学校に向かった。

 

 パトリシアを見送った後、電動バイクはフェリクスにとっての「商売道具」となる。バイクタクシーの運転手として夜までアガツの町を走り回る。

 

 

 フェリクスは20年ほど前、公務員の妻の転勤でアガツに移住してきた。建設労働の仕事をしていたが、雇い主の勧めで16年にバイクタクシーの仕事を始めた。

 

 

 ▽受け皿

 

 親分肌のフェリクスは、自身が19年9月に設立したパプア・アスマット・バイクタクシー協会の会長という顔も持つ。教育水準が高くなく、仕事にあぶれた若者の貴重な雇用の受け皿を少しでも増やすため組織化した。

 

 

 「排ガスを出さない電動バイクを使う仕事を誇りに思う」。20代~30代の若者ら約50人の会員が集まっている。

 

 1日40万ルピアを売り上げていたフェリクスだが、新型コロナウイルス禍で収入は半減した。自身は電動バイクを持っているが、会員の多くは仕事のために1日5万~10万ルピアを支払ってバイクを借りなければならず、収入減の影響はより深刻だ。

 

 

 「電動バイクを協会が所有し、安い使用料で会員に提供したい」。フェリクスは会長としての目標を語り、無気力になりがちな若者には「見物人になるな。プレーヤーになれ」と〓(口ヘンに七)咤(しった)激励する。

 

 世界最大の島しょ国家インドネシアの中でも発展が遅れ、アガツの主要地域で24時間電気が使えるようになったのは15年末ごろだという。都会から見ると、アガツはまだまだ「辺境の地」だ。経済面では、ジャワ島やスラウェシ島からの移住者が優位に立ち、パプア人は見下されているという構造がある。

 

 

 電動バイクの運転手をしながら勉強を続け、公務員試験に合格した32歳の男性、子育てしながら働く女性。フェリクスは、会員の活躍を熱っぽく語る。「パプア人の自立のために」。その夢は少しずつ実現し始めている。(敬称略、文、写真・岡田健太郎)

 

 

◎取材後記「記者ノートから」

 

 

 アガツ唯一の電動バイク専門店の店主、ワヒューは27歳の青年だった。ジャワ島スラバヤ出身。両親はアガツで繊維業を営み、幼い頃からアガツとスラバヤを行き来していた。大学時代に既に菓子販売店を起業。チャレンジ精神旺盛で「可能性が大きいと思った」と2016年に電動バイク専門店を開いた。
 「アガツは辺境にあるが、電動バイクが普及した先進的な場所でもあるのが面白い」。そう話すワヒューは、世界的な脱炭素の流れとアガツを重ね合わせ、パプア州での事業拡大を計画するなど夢は膨らむ。
 インドネシアは60年までの温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指している。実現までの道のりはまだまだ長いが、ワヒューら若い世代が辺境から世界を変えていくことを期待している。(敬称略)

 

 文と写真は共同通信前ジャカルタ支局長。年齢は2022年10月1日現在