(15)日本 コロナ禍で新たに「歩く」  海外旅行ガイド本の試練  東京再発見に活路

2022年10月01日
共同通信共同通信

 次々と届く書店の売り上げデータに、宮田崇(みやた・たかし)(44)は目を疑った。「いったい、何が起きているんだ」。2020年9月、編集長を務める「地球の歩き方」が、シリーズ初の国内編として「東京」を出版すると、話題を呼んでベストセラーにのし上がった。


 当初は、東京五輪の開催を機に、東京を訪れる観光客が増えるだろうと見込んでの「五輪便乗企画」だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で状況は一変する。開催が延期となり、国内旅行は自粛、訪日客も激減した。

 

 「取材や編集作業は進んでおり、引き返すわけにいかなかった。売れるとは1ミリも期待していなかった」


 予想外の反応は、コロナ禍での苦境が続く中、海外旅行ガイドブックの草分けとして根強い人気を誇ってきた「地球の歩き方」が、新たな一歩を踏み出す光明となった。

 

 ▽売り上げ9割減

 

 「肺炎の流行で武漢に入れない」。シリーズの中国編を担当しているプロデューサーから宮田に連絡が入ったのは、20年1月のことだった。重症急性呼吸器症候群(SARS)による混乱が頭にあった宮田は、同月末に中国の取材活動の一時中断を決める。

 

 「(中断しても)夏は越えないと思っていた」。だが、それはコロナによるパンデミック(世界的大流行)の序章に過ぎなかった。

 


 約160カ国・地域を対象に122タイトルを発行し、それぞれの担当者が現地を訪れ、毎年のように内容を改訂した。「旅人の気持ちになって取材をする」。それが「歩き方」を作るモットーだった。しかし、パンデミックで改訂作業は全て中断。数百人のスタッフは仕事がなくなった。

 

 「考えるのをやめたら編集部は死ぬ。とにかく考え続けた」。自由に海外旅行へ行けなくなり、売り上げは9割落ち込んだ。10人ほどの編集部員とアイデアを出し合い、1979年の創刊から蓄積された膨大なビジュアルコンテンツの活用を考えつく。

 

 新型コロナウイルス下での「地球の歩き方」の編集方針について語る宮田崇。2020年に出版した、初の国内ガイドブック「東京」に次ぎ、今年3月には「東京 多摩地域」を発売した=東京都品川区、2022年3月
 新型コロナウイルス下での「地球の歩き方」の編集方針について語る宮田崇。2020年に出版した、初の国内ガイドブック「東京」に次ぎ、今年3月には「東京 多摩地域」を発売した=東京都品川区、2022年3月

 

 

 ガイドブックではなく、各国の知識が学べる「世界244の国と地域」を出版すると、思いのほか好評だった。そして「東京」のヒット。「旅をしたい、外国のことを知りたいという人々の気持ちは変わらない」。宮田は、そう確信した。

 

 

 ▽時代と絡む

 

 

 大学1年生の終わりにインドを旅行したのがきっかけで、バックパッカーとして世界を旅した。いつも手にしていたのは「歩き方」だった。01年、商社からの内定を辞退して「歩き方」を発行する会社に入り、翌年に編集部入りした。

 


 その頃、すでに「歩き方」は世界の大部分をカバーしていた。「自分にできることから始めてみた」。過酷な環境で、好き嫌いが分かれるインド。穏やかな南インドからファンを増やそうと「南インド」を手がけた。エチオピアに引かれ、東アフリカ編も作った。

 


 「歩き方」は、時代の変化と密接に絡み続けてきた。紛争などによる治安の悪化で、改訂作業が止まることは珍しくない。内戦の激化によって、シリアは14~15年版でタイトルから消えた。

 

 だが、しばらくはヨルダン編にシリアの記事は残した。大好きなシリアの魅力を伝えたかった。「危険で旅行はできない」と明記しながら、シリアの街並みや文化を詳述し「内戦が終わることを願う」と書き込んだ。

 

 17年7月に、7代目の編集長となった。若者が旅をしなくなったと言われるが「少子化で若い世代の人口が減っただけで、旅をする人の割合に変わりはない」と見る。スタイルの変化を模索する中で、コロナ禍に見舞われた。

 

 

 ▽東京の「外国」

 

 

 海外旅行の再開が見通せない中、新たに「旅の図鑑」シリーズを始めた。世界のすごい巨像、城と宮殿―。「『歩き方』が本気で生き残ろうとしている」とネットで話題になった。

 

 「東京で楽しむフランス」「東京で楽しむ韓国」など、東京の中の「外国」に焦点を当てたシリーズも好評となった。女性の読者を意識し、取材や編集は全て女性スタッフが担う。

 

 ベトナム料理店で店名物のお好み焼きの撮影に当たる「地球の歩き方」編集部の福井由香里(左)ら=東京・六本木、2021年11月
 ベトナム料理店で店名物のお好み焼きの撮影に当たる「地球の歩き方」編集部の福井由香里(左)ら=東京・六本木、2021年11月

 アジア編の取材では、ベトナム南部の料理を出す六本木の店を訪れた。これまで、ガイドブックとはなじみの薄かった「知る人ぞ知る店」だ。

 

 「コロナ以前は、海外の気分に触れたければ、海外に行くしかないと思っていた。東京にこれほど多くの『外国』があるとは思わなかった」。編集部の福井由香里(ふくい・ゆかり)(44)にとっては、驚きと発見の連続だった。

 

 

 バックパッカーが少なくなったことに、宮田は「本心はちょっと寂しい」と打ち明ける。でも、こうも思う。時代とともに旅の仕方も変化していくが、旅人がいる限り、そこに寄り添うガイドブックの意義はある、と。

 

 旅も「歩き方」も一つではない。どんな歩き方をしていくのか。それは、コロナ時代を生きる人々への問い掛けでもある。(敬称略、文・佐藤大介、高山裕康、写真・喜多信司、仙石高記)

 

◎取材後記「記者ノートから」

 

 大学生だった1990年代前半、バックパッカーとしてアジアの国々などを歩いた。インターネットのない時代に、「地球の歩き方」は貴重な情報源であり、想像力と視野を広げる手引でもあった。
 その「歩き方」を再び手にしたのは何年ぶりだろう。外観も中身も従来の「歩き方」と同じ「東京」編を持ちながら、都内を歩き回る。時折、立ち止まってページをめくり目的地を確かめていると、まるで知らない国を旅しているかのような新鮮さを覚えた。
 「歩き方」は今年2月、老舗オカルト雑誌「月刊ムー」とコラボして「異世界の歩き方」を発行し、話題となった。たとえ「妄想旅行」だったとしても、人は旅を求めている。それほどまでに旅は自由であり、必要なものなのだ。

 

 筆者は共同通信編集委員、共同通信カイロ支局長、写真は共同通信写真部員。年齢は2022年10月1日現在