(13)日本 歌手の言葉を音色に変換  レコード制作の匠  仕事消滅から回帰

2022年10月01日
共同通信共同通信

 アナログレコードが見直されて久しい。デジタルよりも深みのある音色への回帰。そのレコード制作を支える「陰の主役」はマスタリングエンジニアだ。日本の先駆けである小鐵徹(こてつ・とおる)(79)は半世紀、この道を歩んできた。時代の波を乗り越えてきた老練職人の気構えは今も揺るぎない。


 井上陽水、坂本龍一、細野晴臣、山下達郎、サザンオールスターズ、岩崎宏美…。あまたの有名アーティストが、東京・渋谷区のスタジオで音を紡ぐ小鐵を頼ってやって来る。
 「パリの街角の雰囲気を」「かすみがかった光景のように」「ハワイの空気感を漂わせないか」。アーティストの注文は抽象的だ。


 マスタリングの前段階の音源は、アーティストの音楽を録音し、楽器ごとに音量を変えた「原曲」。小鐵は原曲を基に、音圧や音色を調整する機器を操り、歌手の言葉をイメージ通りの音に変換していく。

 

 

 マスタリングした音源をレコードにカットする小鐵徹。レコードの溝を顕微鏡で拡大して確認する繊細な作業だ=東京都渋谷区、2022年2月
 マスタリングした音源をレコードにカットする小鐵徹。レコードの溝を顕微鏡で拡大して確認する繊細な作業だ=東京都渋谷区、2022年2月

 

 こうして仕上げた音源を電気信号でレコードの溝に刻み込むカッティングを施して「原盤」が完成。それを工場で複製し、量産する。原盤を英語でマスターと言うから、その制作はマスタリングと称される。

 

 ▽音楽の「化粧」

 

 「ひと言で言えば、音楽の『化粧』。役者も脚本や場面でメークが異なるでしょ。それと同じ。マスタリングの技量で、楽曲は微妙な違いが決定的な違いになる」。小鐵はそう説明してくれた。

 

 すし職人に例えると、分かりやすい。素材の寝かせ方や温度管理―。ネタが同じでも、握る人で味は大きく異なる。「マニュアルなど存在しない。経験で培った感性の『引き出し』から最適な音質を導き出すしかありません」

 

 このマスタリングと日本のレコードの歴史は符合しない。戦後、日本人アーティストのレコードが普及してからも「化粧」を施さない時代が長く続いた。

 

 ▽心の師匠

 

 「なぜ洋楽のレコードの音質は、こんなにも完成度が高いのか」。1975年当時、日本ビクター(現JVCケンウッド)でカッティングエンジニアだった小鐵は、米国のレコードジャケットから「マスタリング」という仕上げの手順の存在を知る。著名なアーティストのマスタリングを手がけていたのは、バーニー・グランドマン(78)。この世界の巨匠だった。

 

 小鐵は彼の担当したレコードを次々と取り寄せた。寸暇を惜しんで音色に耳を傾け、グランドマンの技を会得していく。そして、日本人歌手のレコードにもマスタリングが導入されるように。こうして小鐵は日本でマスタリングの匠(たくみ)になった。

 

 彼は2015年、来日したグランドマンと初対面を果たす。米国の巨匠の名を知った日から40年の歳月が流れていた。

 

 バーニー・グランドマンがマスタリングしたレコードと、小鐵徹のスタジオを訪問したときに撮った写真はいつも仕事部屋に置いてある=2022年2月
 バーニー・グランドマンがマスタリングしたレコードと、小鐵徹のスタジオを訪問したときに撮った写真はいつも仕事部屋に置いてある=2022年2月

 

「あなたを目標に仕事を続けてきた。ずっと『心の師匠』だと思ってきました」。そう語りかけた小鐵の肩をグランドマンは左手でぐっと抱き寄せた。あの瞬間の写真は今も、小鐵のスタジオに掲げられている。

 

 

 

 

▽未完の仕事

 

 小鐵は戦時下の1943年、岡山県新見市(にいみし)で生まれ、高校まで岡山市で育った。音楽に目覚めたのは中学生の時だった。

 

 「実家は岡山大の隣で、近くに学生アパートがあった。2階の窓辺に大学生が腰を下ろし、トランペットを奏でていた。あの音色を聞いて『なんて格好いいんだ』と。親に怒られないように、深夜、布団の中にラジオを持ち込んで洋楽に聞き入った。そして、いつの日か音響に関わる仕事に進みたいと心に決めた」

 

 夢を追い、大学は工学部電気工学科で学ぶ。音響関連会社の営業職を経て、23歳で日本ビクターに。最初は営業だったが、73年に社内でレコードのカッティングエンジニアの募集があり、受かった。日本ビクターでカッティング、そして75年からはマスタリングもこなすエンジニアとして時代の先端を走った。

 

 ところが、82年に運命は暗転する。CDの大量生産を控え、レコードの受注が急減したのだ。この後、レコード制作は冬の時代を迎えた。

 

 「会社で仕事がない日々。人生のどん底だった」。この後、CDのマスタリングで会社での居場所を見つけた。だが「やはりレコードをもう一度手がけたい気持ちが消えなかった」
 

 くしくも5年ほど前から、米国でレコードの音色が見直され、その波は日本にも及ぶ。コロナ禍の巣ごもりも追い風になった。今や日本でマスタリングとカッティングのプロは10人ほど。小鐵の仕事量は往時に勝るとも劣らない。日本ビクターを58歳で退職してからは、フリーランスで働く。
 

 昨年11月には、日本音楽著作権協会のJASRAC音楽文化賞を受賞した。波乱の人生の節目ですね? そう聞くと、小鐵は首を小さく横に振った。「どんな状況でも精いっぱいやるだけ。次こそ最高傑作にするんだと思い定めて取り組む。私の仕事は未完なのです」(敬称略、文・久江雅彦、写真・堀誠)

 

◎取材後記「記者ノートから」

 

 どんな世界でも「知る人ぞ知る」という手だれがいる。音楽業界で「日本のマスタリングの父」と呼ばれる先駆者の小鐵徹は、まさにその一人。
 元々はレコードに溝を刻むカッティングエンジニア。25倍の顕微鏡をのぞき込みながら、音源を0・05ミリの溝へ物理的に変換していく。この溝にレコード針が触れると、その形状に合わせて針が振動して、再び電気信号となってアンプで増幅する仕組みだ。
 マスタリングは、カッティングの前段階で、音源を完成させる作業。その存在を知って以来、小鐵は双方のエンジニアに。カッティングが精緻な技術力だとすれば、マスタリングは感性が肝。「アーティストの一言から全ての思いを探り出すために、神経を集中する」。レコードの陰に匠(たくみ)の技あり。(敬称略)

 

 筆者、写真はいずれも共同通信編集委員。年齢は2022年10月1日現在