【名作文学と音楽(3)】突然、客車の中で合唱が! 谷崎潤一郎『細雪』とサローヤン『ヒューマン・コメディ』

2022年10月05日
共同通信共同通信

 谷崎潤一郎には、前回のコラムで取り上げた『痴人の愛』のほかにも、音楽に触れた小説がいくつかある。その一つが、何度か映画にもなった『細雪』で、西洋クラシック音楽に関係したエピソードが盛り込まれ、印象的な場面を作り出している。

 

映画『細雪』(1983年)の制作発表で(左から古手川祐子、吉永小百合、佐久間良子、岸惠子) 
映画『細雪』(1983年)の制作発表で(左から古手川祐子、吉永小百合、佐久間良子、岸惠子) 

 

 『細雪』といえば「大阪・船場の老舗に生まれた四姉妹の華麗な絵巻」が頭に浮かぶ。もちろんそれは間違っていないが、物語が始まる時点で店は既に他人の手に渡り、日本は戦争に向かっている。本家を継いだ長女の鶴子もやがて夫の転勤で東京へ移る。主な舞台は次女の幸子が夫、娘と住み、三女雪子と四女妙子も居着きがちな芦屋の家で、雪子の現れては消える縁談、妙子の迷走する男性関係を軸に筋が展開する。

 

 
 

 冒頭、幸子、雪子、妙子は阪急御影の個人邸で開かれる「レオ・シロタ氏を聴く小さな集り」に招待を受け、そろって出かける。シロタはウクライナで生まれ、ウィーンでブゾーニに学んだユダヤ系のピアニスト。1929年から1946年まで日本に定住し、演奏活動のほか後進の指導にも力を尽くした。幸子は所在ないときには応接間のピアノに向かうのが癖というぐらいだし、ほかの場合なら留守番を買って出る雪子もピアノと聞くと行かずにいられないたちなので、妙子ともども精いっぱいめかしこんで家を後にした。姉妹の趣味や暮らしぶりが音楽を通してうかがえるだろう。ちなみにシロタの娘ベアテ・シロタ・ゴードンは戦後、GHQに所属して日本国憲法の制定に関わったことで知られる。

 下巻の初めにも、音楽が重要な役割を果たすシーンがある。雪子に久しぶりで持ち込まれた見合いが大垣の近くであり、季節柄、蛍狩りへの誘いを兼ねてもいたので、幸子、妙子、幸子の娘・悦子も同行したのだが、その帰り、蒲郡へ寄る途中の汽車の中で思わぬ出来事があった。幸子たちの前方の席に後ろ向きで腰かけていた陸軍士官が突然、シューベルトの『セレナーデ』を歌い出したのだ。そのあと、しばらくおいて同じシューベルトの『野薔薇』が始まった。

 

 
 

 これら二曲は、幸子たちも映画『未完成交響楽』(日本公開は1935年)で聴いてなじみが深かった。誰からともなく口の中でメロディーを追い、声がだんだん大きくなって士官の歌声と一緒になった。彼は顔を赤くし、声は興奮したようにふるえながらクレッシェンドしていった。合唱が終わると客室は「物憂い静寂」に戻り、士官は岡崎駅で逃げるように降りていった。「あの軍人さん、うちらに一遍も顔を見せはれへなんだ」と妙子が言ってこの奇妙な場は幕となる。士官の唐突な振る舞いについて、谷崎は退屈しのぎや眠気覚ましを理由に挙げているのだが、ほかに何かあったのではないか。とりわけ同じ車両に「花やかな人々」がいたわけだから。また、後味があまりよくない見合いの帰りだった姉妹には、何かで気分を変えたい気持ちがあったかもしれない。

 列車の中で大きな声を出して歌うなど、ましてや他人がそれに唱和するなど、今では思いもよらないことだ。すぐさま「お客様同士のトラブル」に発展しかねない。しかし、昔はさほど珍しいことでもなかったようだ。ウィリアム・サローヤンの小説『ヒューマン・コメディ』にもそのような場面がある。

 
 

 アルメニア移民の子であるサローヤンはこの作品で、カリフォルニアの架空の町・イサカに住むマコーリー一家を描いた。1943年に発表され、1966年に改訂版が出た。小島信夫訳の「人間喜劇」(晶文社)はオリジナル版に、関汀子訳のちくま文庫、小川敏子訳の光文社古典新訳文庫は改訂版にそれぞれ基づく。

 主人公は14歳の高校生で電報配達人のホーマーだが、第32章は軍隊に行っている兄・マーカスが戦地へ向かう列車に乗っているときの話である。

 マーカスは、同時に招集されて友人になったトービーと、戦争や音楽、生い立ちについて語り合っている。マーカスの家は裕福ではないが、父親が家族のために苦労して買ったハープとピアノがある。孤児院で育ったトービーは、自分が歌を好きなのは、歌っているときだけは孤立していないような気がするからだと言う。マーカスはトービーに、無事に帰れたらイサカに来るよう誘い、妹の写真を見せて彼女と結婚しないかとまで提案する。「ときどきお互いの家庭を訪ねてさ、音楽をやったり歌ったり、一緒に楽しくやろうよ」(関訳)。トービーは喜んで賛成する。

 
 

 二人がこんな話をしている時、離れた席では別の兵隊たちが街の女のことや女の愛の変わりやすさを即席の詞に乗せて歌っていた。そのうち彼らの一人、ジョーがやってきてトービーに「ほんとの歌」をリクエストし、マーカスにアコーディオンの伴奏を頼む。どんな歌がいいかと聞かれたジョーは「古い賛美歌なんかどうだろう。子供のときに習ってみんなが知っている歌――」(同)と言う。マーカスは『主のとこしえのみ腕にすがりて』を弾き始め、トービーが歌い出す。ジョーも加わった。車内の誰もが耳を傾け、いつしかそばに寄ってきて全員で合唱していた。おやおや、まるでミュージカルの一場面だ。

 『細雪』にも『ヒューマン・コメディ』にも戦争が影を落としている。列車の中の即興合唱からは、歌う人それぞれの複雑な思いが聞こえてくるような気がする。(共同通信記者・松本泰樹)

 

 

 まつもと・やすき 『未完成交響楽』の真の主役はシューベルトではなく、コケティッシュな貴族令嬢を演じたハンガリー出身の歌手・女優マルタ・エッゲルトだと思った。したたるような情緒を振りまいて歌う『セレナーデ』の色っぽいこと。