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五輪、パラは極限の体験 選手は社会に還元を 【為末大の視点】

2021.9.20 11:00

 

記者会見後、記念撮影に応じるスケートボード女子パークで金メダルの四十住さくら。左は銀メダルの開心那、右は銅メダルのスカイ・ブラウン=有明アーバンスポーツパーク(2021年8月4日撮影)
記者会見後、記念撮影に応じるスケートボード女子パークで金メダルの四十住さくら。左は銀メダルの開心那、右は銅メダルのスカイ・ブラウン=有明アーバンスポーツパーク(2021年8月4日撮影)

 

 今回の東京五輪とパラリンピックを通じて、日本は「世界から見られる」体験をした。ジェンダー、歴史認識などの文脈では、日本が世界からずれていたことが露呈した。


 会員制交流サイト(SNS)が行き渡っている現代では、ただ「決まりました」という報告では皆が納得しない。一つ一つの決定の理由と背景を丁寧に説明することが必要になる。そこにはなぜ五輪をやるのかの説明も含まれる。


 組織の在り方や決定のプロセス、コミュニケーションの取り方。日本で当たり前のようにやっていることが世界からどう評価されるのか。日本の現在地を、体験を通じて学ぶレッスンだった。


 ▽心の世界

 アスリートたちのパフォーマンスは素晴らしかった。スケートボード、車いすバスケットボールなどで新しい才能ある選手たちも登場した。


 

パラリンピック車いすバスケット男子決勝で、倒れながらシュートを決める鳥海(中央)=有明アリーナ(2021年9月5日撮影)
パラリンピック車いすバスケット男子決勝で、倒れながらシュートを決める鳥海(中央)=有明アリーナ(2021年9月5日撮影)

 

 一方で期待されつつ、好結果が出せなかった選手もいた。気持ちが入っていれば結果が出るというものでもなく、改めて五輪、パラリンピックの難しさを感じる。特に新型コロナウイルス感染症のまん延を受けて、開催が1年延びた五輪は本当に選手にとって大変だった。全ての国のアスリートを称賛したい。


 印象に残っているのは選手たちの目だ。あの何か一点を見つめる目の中にどんなイメージを描いているのか、どんな不安を抱えているのかを想像した。あの目は競技と向き合っている現役時代の最中にしかないことを思い出した。 


 立花隆氏が「宇宙からの帰還」という本を書いている。アポロ計画で宇宙に行った飛行士たちにインタビューしたものだ。地球に戻ってきた後、敬虔(けいけん)な宗教家になったり、事業を始めたり、私生活でトラブルを抱えたりとさまざまな人生を生きたが、思想の変化に共通点があった。


 地球を遠くから眺めた時、宇宙飛行士の一人、ウォーリー・シラー氏は「宇宙から見ると国境なんてどこにもない」「国境というものがいかに不自然で人為的なものであるかがよくわかる」と話している。別の飛行士は地球というのは一つの生命体とも言えるのではないか、という考えを抱くようになったそうだ。


 宇宙飛行士が特別な外的世界を体験するのに対し、アスリートは特別な内的世界を体験する。内的世界とは「心の世界」と言い換えてもいい。


 ▽ひらめく瞬間


 アスリートは世界の頂点を目指し、多くの期待を背負う。4年に一度、人生に一度かもしれない五輪やパラリンピックのチャンスを前にして極限状態の心境に至る。


 私はレース前にけがをして追い込まれている時に、結局人間は今ここを生きるしかないと直感した。未来を心配しても来ておらず、過去を悔やんでも去っている。


 あるのは今の自分の身体と動きだけだと感じた。「心の世界」の学びの面白いところは段階的ではないところだ。ある瞬間にひらめくように悟れば、もうそうとしか感じられなくなる。


 どのアスリートも、少なからずこのような心の世界に触れている。最初は言葉にうまくできないが、次第にその時の苦しみや悩み、そしてどう切り抜けたか、何を学んだかを語れるようになる。


 それはまるで宇宙飛行士たちが地球を外から、客観的に見た体験がどのようなものだったかを言語化する作業と似ているように思える。


 ぜひ五輪、パラリンピックを目指した日々について、アスリートたちは言葉でその体験を社会に還元してほしい。うまくいかない中でどう自分と向き合ったのかを話してほしい。どんな人生にも苦しい時はあり、心の扱い方には共通点がある。


 五輪は光が強いだけに影も濃い。出場する選手のほとんどはメダルを取れずに帰国する。満足する結果を得られる選手は一握りだ。引退して次の人生にうまく適応できず悩む選手も多い。


 私も五輪選手なんだから恥ずかしくない生き方をしなければならないと、気を張っていた。だが、今は浮き沈みがある人生を受け入れることが大事だと感じている。


 祭典が終わっても生活は続く。登りだけではなく、下りも人生の大事な一部だ。五輪の意味は自分の人生が進んでいくごとに変わり続けるのだと思う。(元陸上選手)=第38回

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