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「苦しさに慣れ」V2 水泳金1号の鶴田義行 【わが街 オリンピアン 鹿児島県】

2021.6.18 15:00
1928年アムステルダム五輪競泳男子200㍍平泳ぎで優勝した鶴田義行。競泳で日本人初の金メダリストとなった
1928年アムステルダム五輪競泳男子200㍍平泳ぎで優勝した鶴田義行。競泳で日本人初の金メダリストとなった
 「苦しいうちはダメ 鍛練不足の証拠 苦しさに慣れ 平気になって 本当の苦しさ探究が始まる」―。鹿児島市の鴨池公園プール前に設置された顕彰碑には、日本選手初の五輪2連覇を果たした鶴田義行の言葉が刻まれている。
 鶴田は現在の鹿児島市出身で、近くを流れる甲突川で泳ぎを覚えた。1928年アムステルダム大会の競泳男子200メートル平泳ぎに出場。日程の関係で日本初の金メダルは陸上三段跳びの織田幹雄に譲ったが、6日後に日の丸を中央に掲げた。
 28歳で迎えた32年ロサンゼルス大会では本命視されていなかったものの、強い精神力を発揮して連覇を達成。同じ平泳ぎの北島康介が成し遂げるまで、競泳の連覇(リレーを除く)は鶴田ただ一人の偉業だった。
 鹿児島県勢の金メダルは鶴田から半世紀の時を経て、84年ロサンゼルス大会でレスリング男子グレコローマン52キロ級の宮原厚次(61)が獲得するまで待たねばならなかった。ただ、72年ミュンヘンから8大会連続で県ゆかりの選手が代表に名を連ねるなど、レスリング王国鹿児島を内外にアピールしてきた。
鹿児島県
 

 88年ソウル大会レスリング代表の栄和人(59)やロサンゼルス大会の新体操に出場した山崎浩子(60)ら現役引退後に指導者として名をはせる人物も少なくない。

 このほか、96年アトランタ大会では、いずれも鹿児島実高出身の前園真聖(46)、城彰二(44)、遠藤彰弘(44)を擁するサッカー男子がブラジルを破り「マイアミの奇跡」と呼ばれた。2012年ロンドン大会で28年ぶりに銅メダルを獲得したバレーボール女子では迫田さおり(32)=鹿児島市出身=と新鍋理沙(29)=霧島市出身=がそろって躍動した。(南日本新聞社=下野敏幸記者、2020年1月15日配信、所属肩書は当時)