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亡き母と立った表彰台 オール一本、井上康生 【わが街 オリンピアン 宮崎県】

2021.6.16 15:00
2000年シドニー五輪柔道男子100㌔級の井上康生は表彰台で金メダルを胸に、母かず子さんの遺影を掲げた(共同)
2000年シドニー五輪柔道男子100㌔級の井上康生は表彰台で金メダルを胸に、母かず子さんの遺影を掲げた(共同)
 2000年シドニー五輪。柔道男子100キロ級を制した井上康生(41)は表彰台の一番上で母・かず子さんの遺影を高々と掲げ、感動を呼んだ。
 当時東海大4年。小学生の頃から宮崎市内の道場で腕を磨き、中学、高校、大学とどのカテゴリーでも日本一に。周囲の期待を一身に集めたが、五輪の前年、試練に見舞われた。国内外の大会で結果を出せず不調に苦しむ中、6月に最愛の母が病で突然他界した。
 深い悲しみに打ちひしがれながらも、井上はこの苦境を力に変えた。「絶対に『世界一の母』にしてみせる」との言葉通り、10月の世界選手権で初優勝。黒帯に黒い糸で母の名前を縫い込んでいた。
 翌年のシドニー五輪。「今度は自分の力でメダルを取り、母にささげる」という強い決意で臨み、オール一本勝ちで圧勝した。井上はそれまでの自分を「エリート意識やもろさを持った選手だった」とした上で「執念やどう猛さが芽生えた。母が力を与えてくれたのでは」と振り返る。
 12年には日本男子監督に就任。16年リオデジャネイロ大会では、金二つを含む全7階級でメダル獲得と結果を残した。今夏の東京大会に向け、その手腕にこれまで以上に注目が集まる。
宮崎県
 

 競泳の松田丈志(35)は延岡市の小さなビニールハウスのプールで育った。04年アテネからリオまで4大会連続出場し、200メートルバタフライなどで四つのメダルを獲得した。

 射撃ラピッドファイアピストルの故蒲池猛夫(高原町出身)は五輪5大会連続で代表に。1984年ロサンゼルス大会では、日本人史上最年長の48歳での金メダリストとなった。(宮崎日日新聞社=高橋正一郎記者、2020年1月8日配信、所属肩書は当時)