メニュー 閉じる メニュー
全国

全国

妻と息子もメダリスト ローマ体操金の相原信行 【わが街 オリンピアン 群馬県】

2021.5.7 15:00 共同通信
1960年ローマ五輪の体操は古代ローマ時代のカラカラ浴場跡で開催された。遺跡の壁をバックに、鉄棒でフィニッシュに入る相原信行(UPI=共同)
1960年ローマ五輪の体操は古代ローマ時代のカラカラ浴場跡で開催された。遺跡の壁をバックに、鉄棒でフィニッシュに入る相原信行(UPI=共同)
 1960年ローマ五輪男子体操で、群馬県出身の相原信行は団体総合と徒手(床運動)で金メダルに輝いた。64年東京五輪で妻の俊子(80)、92年バルセロナ五輪では次男の豊(48)がそれぞれ団体総合の銅メダルを手にし「両親と子どもが五輪メダリスト」という日本初の快挙を成し遂げた。
 信行は身長150センチ台と恵まれた体形ではなかった。演技の精度を徹底的に追究した。団体総合と徒手で2位に甘んじた56年メルボルン五輪後、着手したのが高難度の技「片手倒立」の習得。日本体育大の後輩で63年に結婚する俊子は「逆立ちのまま走っていた」と当時の練習を思い返す。
 迎えたローマ五輪。習得に2年を費やした片手倒立を武器に2種目で世界の頂点に立った。レベルの高い演技に誰もが驚嘆する中、ずっと苦労する姿を見ていた俊子は「あれだけ練習していた人だから、世界一をもらってもいいと思えた」と納得の心境だったという。信行は東京五輪出場を逃したが、その背中を追っていた俊子が銅メダルで続いた。
群馬県
 

 現役引退後の79年、群馬県高崎市内の自宅の一角に「相原体操クラブ」を設立し、ジュニア育成に心血を注いだ。豊ら日の丸を背負う選手を輩出。技術にとどまらず、人間性を重んじる指導だった。

 体操に人生を懸けた金メダリストは2013年、78歳で死去した。クラブでは今、遺志を継いだ俊子、豊らが指導する。豊は「体操の楽しさを伝えていきたい」と普及に汗を流す毎日だ。全日本選手権で種目別・床運動優勝者の長男誠さん(51)も埼玉県内の体操クラブ代表を務め、後進を育てている。(上毛新聞社=中里圭秀記者、2019年7月24日配信、所属肩書は当時)