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苦難の福島、パラで励ます 視覚障害柔道の半谷選手 輝け TOKYO2020

2020.3.24 7:30 共同通信
浸水した実家で泥の中から見つかった半谷静香選手のメダルなど(家族提供)
浸水した実家で泥の中から見つかった半谷静香選手のメダルなど(家族提供)

 

 視覚障害者による柔道女子で東京パラリンピック出場を狙う半谷静香選手(31)の福島県いわき市の実家には、昨年10月の台風19号で泥水が押し寄せた。2011年の東日本大震災に東京電力福島第1原発事故、昨年の台風と、故郷は苦難が続く。半谷選手は出場が決まれば3大会連続となる大舞台で活躍し、家族や地元の人々を元気づけたいと願っている。

 11年3月の原発事故の後、実家が当時の避難区域に近かったため、家族は2カ月間、新潟県に避難した。その約8年半後の昨年10月中旬、いわき市内を流れる夏井川からあふれた泥水が半谷選手の実家を襲い床上浸水。両親らはまた一時、家から逃げることを余儀なくされた。みんな無事だったが、1階のリビングに飾っていたメダルや賞状などが泥で汚れた。

浸水した実家で見つかった半谷静香選手の賞状など(家族提供)
浸水した実家で見つかった半谷静香選手の賞状など(家族提供)

 

 東京で1人暮らしの半谷選手は強化合宿中。「家中、泥だらけで砂ぼこりもすごい。寝るところもない。これから大事な大会が続く時期に、体調を崩したらいけない」。駆け付けようとする娘を母千賀子さん(61)は説得した。

 募る不安を抑え、半谷選手はウエットティッシュや食料などを段ボールに詰めて送った。営業している店や行政の支援情報を調べ、励ましの言葉を添えてLINEで伝えた。「家を片付けるので精いっぱい、情報を調べる気力も体力も残らない。明るく前向きな静香に本当に助けられた」と父良人さん(65)は話す。

 実家がおおかた片付いた24日、半谷選手はスーツケースに物資を詰めて帰省した。メダルや記念写真は家族がきれいに洗っていた。訪ねてくれた地元の友人たちの話で、改めて被害の大きさを知った。

 4年前のリオデジャネイロ大会では3位決定戦で敗れ、惜しくもメダルを逃した。今後、東京大会の出場権をかけた大事な大会が続いていく。最近、ブログにこうつづった。「いつも応援してくれる家族、地元の人、いわき市の方々に元気を届けられるように、強くなって、世界で勝ちます」(共同通信=中村岳史)

半谷静香選手のトロフィーやメダルと父良人さん、母千賀子さん=2019年11月、福島県いわき市
半谷静香選手のトロフィーやメダルと父良人さん、母千賀子さん=2019年11月、福島県いわき市

 

 視覚障害者の柔道 一般的な柔道とは異なり、お互いに襟と袖を持って組んだ状態から始まる。スムーズに試合が進行できるよう、審判やコーチが声で情報を伝える。パラリンピックでは、障害の程度ではなく、オリンピックと同じように体重別に試合が行われる。1988年のソウル大会から正式種目となり、2004年のアテネ大会から女子の参加を認めるようになった。

 

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