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山村のブランド、世界へ 「GI」で農業活性化 タイ 

2020.1.8 15:34 共同通信

 「50年ほど前、アヘン栽培をやめてコーヒー栽培を始めた。周りの山は焼き畑農業ではげ山になっていて、“ブラック・マウンテン(黒い山)”なんて呼ばれていたんだ」。ドイチャン村でコーヒー栽培を始めたピコ(83)がゆったりとした口調で当時を振り返る。
 山岳少数民族アカとリスの40家族が始めたコーヒーは2006年にタイ政府の「地理的表示(GI)」認証を取得。輸出先の欧米やアジア諸国での評価がタイ国内でも評判になり、近年は日本でも人気が出始めた。
 伝統的製法や自然・風土に根ざした産品を対象に、産地名を地域ブランドとして認証・登録するGI制度が広がる。タイ政府はこの制度を活用し農村振興や農産物の輸出に力を入れている。

 ▽住民と共に
 ドイチャン・コーヒーの本社はタイ北部チェンライ県、標高1200メートルのドイチャン村にある。周辺の千~1700メートルの高原にはコーヒー園が広がり、車で90分ほど走ればミャンマー国境だ。
 「ドイチャンのコーヒーなんて誰も知らなかった。でもGIを取ったら、あのドイチャンかって言われるようになった」

ドイチャン・コーヒー本社で乾燥させた豆を手作業で選別するミャンマー人の女性たち=2019年6月、タイ北部チェンライ県ドイチャン村(共同)
ドイチャン・コーヒー本社で乾燥させた豆を手作業で選別するミャンマー人の女性たち=19年6月、タイ北部チェンライ県ドイチャン村(共同)

 ピコの7番目の子どもで同社社長パナチャイ(48)は03年、ほそぼそとコーヒー栽培をしていた家族を集めて会社をつくった。「国籍のない少数民族が作るコーヒーは5分の1に買いたたかれた。会社にすれば認知されると思った」からだ。
 有機栽培、手作業で豆を選別、品質管理に徹底的にこだわり、1キログラム15バーツ(約50円)だった卸値が、近年は海外向けは400バーツ、国内の市場では250バーツに。今では地域の約1300軒が加わり、マカダミアナッツなどを並行栽培することで年間を通じた収入源を確保、農家の収入は15年前の10~20倍にもなった。
 村に1台だけだった自動車もほとんどの家庭に普及した。繁忙期にはミャンマーから出稼ぎの女性たちが訪れ、“GI効果”は隣国にも波及する。
 住民と共に―が企業理念だ。少数民族には国籍を持たず、社会保障を受けられない人も多い。そんな60歳以上の村人に毎月600バーツ、70歳以上には700バーツを支給し、子どものいる家庭にはミルクやおしめ代、学校の授業料を支援。毎年、利益の30%を地元に還元する。村人が社内のカフェで飲むコーヒーは無料だ。
 07年からは「コーヒーアカデミー」を開催。国内外のコーヒー栽培を志す人たちに開放している。「アカもリスも関係ない。みんなドイチャンの住民なんだから」

 ▽農家の保護と育成に
 タイ政府は03年にGI制度を導入、19年6月末の時点で果物や野菜、コメなどの農産物の他、絹製品や手工芸品111件を登録している。
 商業省知財管理局長のトサポン(56)は「国内外で知名度が増し、価格にも反映する。農家の生産意欲を高め、小規模農家の保護や農業活性化につながる」と強調する一方で「品質を維持し、偽装表示などの偽物を防ぐことが課題だ」と語る。
 タイのGI産品売り上げは17年の37億バーツから18年は40億バーツ、今後5年間で300億バーツを目指す。
 国同士がGIを相互認証し保護する取り組みも進む。トサポンによると、タイのドイチャン・コーヒー、フアイムン・パイナップル、ドイトン・コーヒー、日本の神戸ビーフ、但馬牛、夕張メロンの相互認証に向けた二国間交渉が進行中だ。
 「コーヒーや果物は日本のマーケットで受け入れられるだろうし、日本の牛肉やメロン、柿などはタイで有望だ」と交渉の行方を期待する。

 ▽もっと良いものを

農地のほとんどでパイナップルを栽培するフアイムン村の若きリーダー、ティダラート(右)とサイナムフン姉妹は「早く日本に輸出したい。きっと喜んでもらえるわ」と目を輝かせる=2019年6月、タイ・ウタラディット県(共同)
農地のほとんどでパイナップルを栽培するフアイムン村の若きリーダー、ティダラート(右)とサイナムフン姉妹は「早く日本に輸出したい。きっと喜んでもらえるわ」と目を輝かせる=19年6月、タイ・ウタラディット県(共同)

 ティダラート(30)とサイナムフン(28)の姉妹が、採りたてのパイナップルを切って手渡してくれた。爽やかな香りと、えぐみもなく甘い果汁が口中にあふれる。
 ラオス国境に接するタイ北部ウタラディット県フアイムン特産のパイナップルは12年にGI認証を取得、卸値価格は「一気に2倍以上になった」(同県農業普及局)。
 村のパイナップル栽培は約50年前、1人の農民が出稼ぎ先から苗を村に持ち帰ったことにさかのぼる。たった1人で始めたパイナップル栽培は村の主力産業になり、約500軒が専業で栽培、村人の大半がパイナップル産業に従事する。18年は8万1千トンを収穫し、国内だけでなく、海外にも知られるようになった。
 ティダラートは大学で機械、サイナムフンは経営を学び、家業を継いだ。「GI認証取得で知名度が上がり収入も増えると、私たちにも欲が出た。もっと良いパイナップルを作りたくなったの」。2年前から農家を5グループに分けて、品種や土壌の改良に取り組む。
 「日本の人たちにも食べてもらえるように、もっとおいしいパイナップルを作るから楽しみにしていてね」。強烈な日差しの下で作業をする姉妹は額の汗をぬぐいながら、笑顔で顔を見交わした。(敬称略、文・遠藤一弥、写真・横山純太郎)

取材後記

先行するタイのGI戦略

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 タイ政府は地理的表示(GI)制度の利用価値を知っている。認証されれば確実に価格が跳ね上がり、農民の生産意欲も増して品質改良や販路拡大などに積極的に取り組む。制度が名目だけでなく実態に反映している。
 日本では2014年にGI法が制定され、15年に神戸ビーフなど7品目を初めて登録。19年6月末時点で、肉類や野菜、果物に加え生糸やい草など82産品がGI法に基づいて登録されているが、制度の活用や実態面ではタイに一歩も二歩も遅れているという印象だ。
 GIを知の財産として保護する動きも広がり、欧州連合(EU)は不正表示の取り締まり強化を求めている。

 

 

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