メニュー 閉じる メニュー
全国

全国

現金派が反乱  キャッシュレス大国 スウェーデン

2019.11.8 16:24 共同通信

 1970年代に活躍したスウェーデンの人気ポップグループ、アバ。青春や恋愛を歌い上げた「ダンシング・クイーン」などの曲が有名だが、貧乏を嘆き裕福な生活を渇望する「マネー、マネー、マネー」も代表曲の一つだ。「お金が欲しい」と歌ったアバは約40年経過した現在、現金はもういらないと訴えている。

 ▽犯罪の温床
 舞台の上でアバのメンバー4人が歌い踊る。ヒット曲が流れ人々は体を左右に揺らしながら、ご満悦で聞き入っている。口ずさむ人もいる。CG映像ながら迫力は十分だ。スウェーデンの首都、ストックホルムにある「アバ博物館」は人気の観光施設。中高年がかつて夢中になったアバを懐かしむ場所だが、実はもう一つの顔がある。

「アバ博物館」で受け付けカウンターに書かれた「現金は受け取れません」の表示をアピールする博物館長(左)=5月、ストックホルム(共同)
「アバ博物館」で受け付けカウンターに書かれた「現金は受け取れません」の表示をアピールする博物館長(左)=5月、ストックホルム(共同)

 「あなたが誰であろうと受け入れますが、現金は受け取れません」。受け付けカウンターに設置された表示には、入場料250クローナ(約2800円)を払う訪問客にとってはある種、挑発的とも読めるメッセージが書かれている。現金での支払いを拒否するとの宣言だ。
 スウェーデンは、デビットカードや携帯電話による支払いなどデジタル決済が急速に進展、キャッシュレス決済比率は約50%に上る。現金使用が急速に減少しており、国内総生産(GDP)に対する流通現金比率は1%にも満たない。輸送や保管などのコストを伴う現金使用を避ける動きが広がり、2023年にも世界初の完全なキャッシュレス社会になるとの説もある。ストックホルムの商店、レストランなどで現金を目にすることはほぼない。
 現金が流通しなくなったら人々の生活や経済活動はどんな影響を受けるのか。利便性や安全性は向上するのか。世界中の金融関係者や経済政策当局者はスウェーデンが進める壮大な“社会的実験”に注目しているが、その最先端に位置するのが、このアバ博物館だ。
 現金拒否は、アバのメンバーの一人で設立者のビョルン・ウルバース(74)の方針。ウルバースが現金に対して抱くのは憎しみに近い感情だ。事の発端は息子が強盗に襲われたことだった。被害は大したことはなかったが犯人の目的は奪った品物を換金することと考えた。現金がなければ犯罪は起こらなかった―と。
 その後、ウルバースは「匿名で追跡不可能な現金こそ脱税など経済犯罪の温床だ」などと現金批判を繰り返し、キャッシュレスの旗振り役として知られるようになった。

 ▽元警察庁長官
 だがスウェーデン社会はキャッシュレス一辺倒ではない。デジタル機器が操作できない高齢者、障害者、インターネットの環境が整っていない地域の住民、さまざまな理由から銀行口座を持てない人々―。現金消滅に不安を高めているこうした“デジタル弱者”のために立ち上がったのが、偶然ながらアバのビョルン・ウルバースと同じ名前のビョルン・エリクソン(73)だ。
 身長は優に180センチを超え、角張った大きな顔はこわもての印象を与えるかもしれないが、人当たりの柔らかな元高級官僚だ。財務省を皮切りに官界に入り、警察庁長官にまで上り詰め90年代には国際刑事警察機構(ICPO)総裁を務めた。現在はキャッシュレスに反対する団体「現金反乱」のリーダーとしての活動に身を投じている。

クローナ札を手に、キャッシュレス社会への懸念を語る「現金反乱」のリーダー、ビョルン・エリクソン=5月、ストックホルム(共同)
クローナ札を手に、キャッシュレス社会への懸念を語る「現金反乱」のリーダー、ビョルン・エリクソン=5月、ストックホルム(共同)

 「キャッシュレスを全面的に否定しているわけではない。私だってカードを使う。許せないのは、この国で約100万人に上るデジタル決済ができない人々が放置されていることだ」

 ▽民間に委ねるな
 エリクソンはテレビのトーク番組などにも積極的に出演し、現金流通を維持する必要性を訴えている。「現金反乱」には中小企業の経営者なども参加、ホームページには、顧客からの支払いを現金で受け続けたため、取引銀行から支援を打ち切られたケースなど現金使用に伴うトラブルが報告されている。
 キャッシュレスは銀行や傘下のカード会社など民間主導で進められてきた。「デジタル決済を独占する大手銀行がキャッシュレスによる利益を独り占めにしている。利益にならない現金決済は打ち捨てられようとしている」。エリクソンは、決済は重要な社会インフラである以上、その扱いをこれ以上民間に委ね続けることは間違いだと主張。政府、国会の関与を求めてきた。
 現金使用の急激な減少に危機感を強めたスウェーデン中央銀行は法定通貨のデジタル化の研究に着手、国会は特別委員会を設置し、法定通貨の在り方や政府、中銀の役割について議論を始めた。銀行に現金の扱いを義務付けることも含めてだ。
 お金とは何なのか。デジタル化の進展が私たちに根源的な問いを投げかけている。貨幣価値が電子情報に置き換わって瞬時に世界中を巡る中、北欧で足元を見つめ直す動きが始まった。(敬称略、文・高山一郎、写真・松井勇樹)

取材後記

ヘリコプター強盗

地図
 

 ストックホルムでは金融の研究者とも会った。スウェーデンでキャッシュレスが急速に普及した背景として彼が説明してくれた中で印象に残っているのは、ヘリコプター強盗だ。
 2009年9月の未明に発生した事件は、犯人が空から施設に舞い降り、あっという間に現金を奪っていったという。大胆で鮮やかな犯行は世界中から注目を集めた。元々、強盗が多く、銀行員やバスなどの交通機関の職員が襲われることが多かったが、この派手な強盗は現金を持つことの危険性を国民にあらためて認識させた。
 どちらかというと治安の問題という気もするが、何が影響するかは分からないものだ。 

 

最新記事

関連記事 一覧へ