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第3部「平和国家、続けますか」(8) 米「日本企業は原石」  存在感増す民間技術(新しい戦争②)

2018.10.30 7:06
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 東京・秋葉原の電子機器専門店に、50歳前後の白人男性が訪れるようになったのは4年ほど前のことだ。海外からはアニメ文化に触れる目的の観光客が大半なのに、男性は細かい電子部品を熱心にのぞき込んでいる。

電子機器専門店で部品を手に取る米国のIT技術者。観光の途中に立ち寄ったといい「すばらしい」を繰り返した=東京・秋葉原
電子機器専門店で部品を手に取る米国のIT技術者。観光の途中に立ち寄ったといい「すばらしい」を繰り返した=東京・秋葉原

 男性はそれから月に1、2回は顔を出すようになり、英語を話せるスタッフとも打ち解けた。勤め先を尋ねると「米国大使館の関係」と笑った。店員たちは真意を測りかねたが、部品の性能を高く評価してくれるのはうれしかった。

 平成に入り、秋葉原では、米国防総省の関係者がお忍びで来ているとのうわさが流れた。防衛省のある幹部も「釣り用の製品にも軍事で通用する技術が入っている。宝の山だ」と米関係者が話すのを聞いたことがある。

 米国が、自ら技術を開発する従来型の軍事研究から、世界各国の新技術を探して応用する「マッピング」へシフトしたのは、1991(平成3)年の湾岸戦争の後だ。

 米軍は湾岸戦争で、ステルス戦闘機や相手レーダーを無力化する「電子戦機」を投入。高度なハイテク戦で「軍事における革命」を印象づけた。複雑化した兵器の開発費はつり上がった。各国の攻防は「兵器」のないサイバー戦に拡大し、民間技術の存在感が増した。

 防衛省きっての装備政策通と称される堀地徹(ほっち・とおる)(54)は、湾岸戦争の数年後に読んだ米シンクタンクの報告書を思い出す。

 軍事分析に定評があるその研究所は、日本企業の「実力」を数段階で格付けしていたが、大手防衛装備メーカーの評価はいずれも平凡だった。ところが、名前も知らない企業が最高評価を受けていた。「どこだそれ」。思わず口をついて出た。

電子機器専門店で部品を手に取る米国のIT技術者。観光の途中に立ち寄ったといい「すばらしい」を繰り返した=東京・秋葉原
電子機器専門店で部品を手に取る米国のIT技術者。観光の途中に立ち寄ったといい「すばらしい」を繰り返した=東京・秋葉原

 2002(平成14)年、日本人のノーベル賞受賞で注目された素粒子ニュートリノ。観測に貢献した光電子増倍管を作ったのが、その企業だった。「ここまで民間をウオッチしていたのかと思い知った」と堀地。米国の視野は想像以上に広く、先見性もあった。

 平成社会に根付いたインターネットやGPS(衛星利用測位システム)の原型は、冷戦期に米国が開発した軍用技術だ。「米国は軍のニーズに合えば、採算を度外視して資金を投入してきた」と東工大名誉教授の山崎正勝(やまざき・まさかつ)(73)は解説する。

 陸海空を主戦場とするかつての戦争なら、従来のやり方でもソ連崩壊後の「米国一極支配」を維持できる。だが、サイバー、宇宙を巻き込む新時代でも優位を保つには、異なる技術を掛け合わせ、未知の技術を生み出す必要があった。

 戦後しばらく軍事と距離を置いてきた日本。高度な災害用ロボットや新たな人工繊維素材がベンチャーから生まれ、金属加工の町工場では繊細な職人技が息づく。

 「どれほどポテンシャルがあるか、企業自身が気づいていなかった」と堀地は言う。米国から見れば、軍事のイノベーションを予感させる魅力的な原石だった。(敬称略、年齢・肩書は新聞掲載当時)

 湾岸戦争 米国中心の多国籍軍は1991(平成3)年1月、クウェートに侵攻したイラクに空爆を開始した。地上レーダーの電波をとらえ、発信源を破壊するミサイルなどのハイテク兵器で防空網を破壊、約40日間でクウェートを解放した。

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