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第6部「共鳴」(5) あなたの傷は何ですか アートで心に寄り添う

2018.6.17 13:00
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 昨年8月、東京・六本木にあるギャラリーの壁一面に、直径50センチほどのコンクリート製の円形板が、いくつも並んでいた。「自分を傷つけた。体中傷跡だらけ。」「女の子に生まれてしまった。」。近寄ってみると、刻まれた文字からは、心の叫びがあふれていた。


 展示されていたのは、現代美術家渡辺篤(わたなべあつし)(39)の作品。制作手法はこうだ。「あなたの傷を教えてください」とインターネットで募り、円形板に記してからハンマーで割る。その後、陶芸の伝統的な修復技法「金継ぎ」にならい、割れや欠けを繕う。表面に生まれた幾筋もの線は一つとして同じでなく、光を帯びて美しい。


 これまで渡辺の手元に届いた匿名の文章は700件余り。「アートは人の心に接続できることがある。痛みへの一つの寄り添い方だと思う」


  ×  ×  ×


 いつからひきこもったのか、と問われれば「海の日だった」と答えられる。その日は真っ青な空が広がっていた。


 4浪して2001年、東京芸術大に入学。油絵を専攻し、キャンバスでの表現の可能性を追い求めていたが、大学2年の時、うつ状態と診断され、2年間休学した。


 芸大の大学院に進み、09年春に修了。アーティストとして生きると決め、就職はしなかったが、将来への不安は募った。長く患っていたうつ病、恋人の裏切り、力を注いでいたホームレス支援運動からの排除…。徐々に部屋から出なくなっていった。


 10年の暮れごろ、渡辺はベッドに横たわり、動画配信サービス「ニコニコ生放送」の配信番組を見ていた。どんな内容だったのかは記憶にないが、一般の人が、さまざまな場所を訪れる中継だったはずだ。当時、流行し始めたスタイルで、渡辺には外の世界との唯一のつながりだった。


 パソコン画面に次々と書き込まれる視聴者コメントの中の一言が目に飛び込んできた。「最後に空を見たのは海の日だった」。思い返すと、自分も同じだった。


 「出掛けない理由を探すうちに、靴を履かなくなった」と渡辺。単なる惰性の延長だったはずなのに…。ネットの向こうには孤立した人がたくさんいる。自分もその中の一人なのだ、という現実を突きつけられた瞬間だった。(敬称略)

芸大を修了後、部屋にひきこもった渡辺篤は「アートは人の心に寄り添うことができる」と考え、多くの人から寄せられた文章を円形板に刻んだ(プロジェクト「あなたの傷を教えて下さい。」より)(敬称略)
芸大を修了後、部屋にひきこもった渡辺篤は「アートは人の心に寄り添うことができる」と考え、多くの人から寄せられた文章を円形板に刻んだ(プロジェクト「あなたの傷を教えて下さい。」より)(敬称略)

 

 

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