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ときを結ぶ

継承という言葉に象徴される年に、人が、ものが、記憶が連なるさまに目を凝らし、その声や物音に耳をそばだててみる。祖母の思いを継ぐ女性宮司、DNA鑑定で特定される戦没者、作家の精神を伝える遺族、網の目に広がる家系図を持つ潜伏キリシタン。明治、大正、昭和、平成、そして令和へ、悠久の「とき」を結ぶ旅に出る。

「ときを結ぶ」(22) 「SL銀河」

2019.10.26 13:50 共同通信

走れ、復興のシンボル 
  廃車40年、手探りの挑戦 津波列車に無念の技術者 

 まだ冷たい4月下旬の空気に、石炭と機械油のにおいが交じる。JR盛岡駅近くの蒸気機関車(SL)車庫内で、整備を担当する検修員チームリーダーの藤村信彦(41)の野太い声が響いた。
 「水圧掛けるぞー」 
 体育館ほどの車庫中央には、黒い光沢を放つ「SL銀河」が鎮座する。紺色の作業着に身を包んだ検修員たちが一斉に給水中の車体に取り付き、水漏れなど故障の有無を確認した。
 「見るだけじゃ分からない」と藤村。「目で見て、においをかいで、触って、漏れを探る」
 SLは石炭を燃やした熱で水を沸騰させ、蒸気の力を動力に変える。原理は単純だが、60トン近い鋼鉄の巨体を構成する大小の部品が、オーケストラ並みの調和で駆動する。その任を負うのが検修員だ。JR釜石線の花巻―釜石間(90・2キロ)を約4時間半で結ぶ今シーズンの運行開始を前に、最終整備に取り組む彼らの表情は厳しさを増していた。

今シーズンの運行開始に向け「SL銀河」の整備をする藤村信彦。目で見て、においをかいで、触って、漏れを探る=盛岡市
今シーズンの運行開始に向け「SL銀河」の整備をする藤村信彦。目で見て、においをかいで、触って、漏れを探る=盛岡市

 ▽運命一転
 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をイメージして命名されたSL銀河の本来の名はC58形239号機。太平洋戦争が始まる前年の1940年に製造された。藤村は愛着を込めて「おじいちゃんみたい」と言う。「復元は手探りだった。2、3年は、SLの痛そうな場所を見つけてから直していた。最近ようやく、痛くなる予兆が分かるようになった」
 239号機は主に岩手県内で使用された後、72年に廃車となり、盛岡市内の公園で展示された。訪問客らを楽しませて終わるはずの運命は、東日本大震災で一変した。
 2011年3月11日、大地震に続く巨大津波で岩手県三陸地方が壊滅的な被害を受けた。不明者を含め5700人を超える犠牲者に加え、水産業や農業、観光業の被害も深刻で、地域全体が沈滞ムードに陥る。JR東日本盛岡支社は翌年、復興へのシンボルとしてSL復活を決める。
 だが当時、支社内でSLを扱った経験を持つ検修員は藤村を含めて2人。藤村自身も、イベント運行用に他の支社から借りたD51形を1カ月程度触っただけ。
 SL銀河は、春から秋にかけての週末を中心に年間80本の運行を目標としていた。臨時便とは整備の質と労力の桁が違う。担当を命じられた藤村には強い迷いがあった。技術者として、つらい経験をしたばかりでもあった。
 ▽修復不能
 藤村はそれまでの約半年間、津波被害を受けた列車の解体を担当していた。傷つき、壊れた車両を相手にする日々。作業場には、以前整備を担当した車両も搬入された。津波で電気系統が激しく損傷、修復不能だった。「自分がお守りをした2両が死んじゃった。車体が廃車でつぶれるときは、泣きそうになった」
 その津波を契機に始まったSL復元計画に、藤村は無念をぶつける。
 12年末、彼をリーダーに7人のチームが発足した。うち5人はSL未経験で、ベテラン検修員らがいる他の支社へ派遣され、基礎を学んだ。
 独自の工夫も習得した。SLは大量生産ながら、個々の車体に癖があり、その習熟が円滑運行の鍵。古い部品や設計図を頼りに、一部は部品を手作りする。解体したSLから入手する場合もあるが、「自作の方が手っ取り早く、うちの釜(SL)に合う場合もある」という。
 ▽幸運な車体
 「一生SLを動かしていたい」と言う藤村が手入れするSL銀河は、そもそも幸運な車体だった。屋根付き展示だった上、72年の引退直後から、元国鉄・JR社員や鉄道ファンが結成した「盛岡SL保存会」が定期的に塗装のほか清掃や油塗りなど、丹念な作業を続けてきた。
 とはいえ、復元開始時には廃車から約40年が経過している。同会の元会長で自らも鉄道ファンである岩手大名誉教授の斎藤徳美(74)は「再び動きだすとは正直思っていなかった」と振り返る。
 車体は復元のため大宮総合車両センター(埼玉県)へ送られた。「手塩にかけた子どもを旅立たせるような気分。でも走ってこそのSLと考えた」(斎藤)というファンの思いや復興への願いを背に、SL銀河は14年4月にスタートした。昨年までに310回の運行で、延べ4万5千人を運んだ。

勢いよく煙を上げて、半円が連なるアーチ型の通称「めがね橋」を駆け抜ける蒸気機関車「SL銀河」=岩手県遠野市
勢いよく煙を上げて、半円が連なるアーチ型の通称「めがね橋」を駆け抜ける蒸気機関車「SL銀河」=岩手県遠野市

 4月29日、復活から5年となる今シーズンの一番列車が走った。
 途中駅からの乗り込み担当となった藤村は、遠野駅での給水停車中、念入りな検査・調整に追われていた。作業の合間に見せたのは「大丈夫、調子がいい」と快走を確信した笑み。
 満席の客車4両を連れたSL銀河は、満開の桜に彩られた遠野の空に汽笛を一吹き。釜石駅へ向け、確かな足取りで巨大な動輪を回転させた。(敬称略、文・半沢隆実、写真・浅川広則)

動くタイムカプセル 

岩手県・JR釜石線
岩手県・JR釜石線

 「SL銀河」C58形239号機は、タイムカプセルだ。現代の法規に適合させるために自動列車停止装置(ATS)や無線を搭載するなどの最低限の改造を除いて、約80年前の車体と技術で動く。ヘッドライト以外ほぼ電気系統が存在せず、鋼鉄の車体も修理、入れ替えが可能。「耐用年数という概念すら当てはまらないかも」。検修員の藤村信彦は話す。
 給水で約1時間停車する途中の遠野駅には、機関士と乗客が談笑したり、記念写真を撮ったりする光景があった。「もっと乗っていたいから、ゆっくり作業して」と言う乗客もいて、古き良き時代の日本もそのカプセルにしまい込んでいる。

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