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社会

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扉を開けて ルポ ひきこもり

仕事や学校に行かず、社会とのつながりを持たない「ひきこもり」。長期化 高年齢化が進む中、新たな生き方の模索や支援の現場をルポする。

続編「波紋」(1)  浮かんだ「優生思想」  長男殺害を擁護、称賛

2019.8.5 18:16

 農園が点在し、きれいに区画された住宅地。古くからの家屋と真新しい二世帯住宅が混然と立ち並ぶ。長年暮らしているという女性が悔いるようにつぶやいた。「もう少しご近所づきあいをしていれば、こんなことにはならなかったのでは」

農園が点在する住宅地に立つ元農林水産事務次官の男の自宅。刺殺された長男は隣接する小学校の運動会の音に立腹したという=6月下旬、東京都練馬区
農園が点在する住宅地に立つ元農林水産事務次官の男の自宅。刺殺された長男は隣接する小学校の運動会の音に立腹したという=6月下旬、東京都練馬区

 

 東京都練馬区で6月、元農林水産事務次官の男(76)が長男(44)を刺殺したとして逮捕・起訴された。女性は「この辺りの家庭は大体知っているが、この家だけは別。息子さんがいるとは全く知らなかった」と話す。ひきこもりがちで家庭内暴力があったという長男は都内で1人暮らしをしていたが、1週間前に実家に戻っていた。周囲には“異変”の兆候すら気付かれなかった。

 その4日前、川崎市多摩区ではスクールバスを待っていた小学生らが刃物を持った男に襲われ、2人が死亡、18人が重軽傷を負った。直後に自殺した容疑者(51)も「ひきこもり傾向」で、親族が市に相談していた。

 民放番組でキャスターやコメンテーターは「1人で命を絶てば済む」「1人で死ねよと言いたくなる」と相次いで発言。インターネット上でも同様の投稿があふれた。

 長男は実家に隣接する小学校であった運動会の音に立腹し、「うるせえな、ぶっ殺してやるぞ」と言ったとされる。「川崎の事件を知り、人に危害を加えるかもしれないと思った」「周囲に迷惑を掛けるといけない」。元農水次官の供述が明らかになるにつれ、わき上がったのは「父親を責められない」「よくやった」と犯行を擁護、称賛までする声だった。

 〈断言するが、この殺人の背中を押す力のいくぶんかは、あなたの発した何げない「1人で死ね」の声だ〉

 ひきこもり問題に長く携わってきた精神科医で筑波大教授の斎藤環は、練馬の事件が起きた翌日にツイッターで発信。社会の無理解が、当事者や家族を追い込んでいると警鐘を鳴らした。

 2000年の西鉄バスジャック事件などでも、犯罪とともにクローズアップされたひきこもり。時計の針が大きく巻き戻ったように、ひきこもりを犯罪者予備軍とするまなざしは今も変わっていない。

 斎藤はそこに優生思想の恐ろしさを見る。「練馬の事件では『元農水次官の英断だ』『社会に貢献しない存在は生きるに値せず、殺されて当たり前だ』と世間が反応した。これは相模原市の障害者施設殺傷事件の被告が発した言葉そのものだ」

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 ひきこもりの長期・高年齢化が進む中で起きた二つの事件。社会の偏見に翻弄(ほんろう)される人たちを追った。(敬称略)

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