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社会

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扉を開けて ルポ ひきこもり

仕事や学校に行かず、社会とのつながりを持たない「ひきこもり」。長期化 高年齢化が進む中、新たな生き方の模索や支援の現場をルポする。

第6部「共鳴」(9) 我がこと、目を背けない 都会の雑踏に響く声

2018.6.17 13:00

 東京都内で2カ月に1度開かれる「ひきこもりフューチャーセッション 庵―IORI―」。ひきこもりが問題にならない社会をテーマに掲げ、100人近い参加者が各テーブルで自由に意見を交わす全国有数のイベントだ。神垣崇平(かみがきたかひら)(54)は2012年の開始時からスタッフに名を連ねる。


 一介のサラリーマンである神垣にとって、ひきこもりは無縁の存在だった。それでもイベントの運営に携わるようになったのは、社会の課題を対話で解決するフューチャーセッションという手法が、インフラ事業を手掛ける会社での仕事に役立つと考えたからだ。


 初めのうちは支援団体や関係者の参加が多く、やっとの思いで部屋から出ることができた当事者を質問攻めにする構図だった。そのため具合が悪くなる人も出て、ぎくしゃくしたムードが漂っていた。


 流れが変わったのは、口コミで増えた当事者が事前の打ち合わせに参加するようになってから。ストレートに思いをぶつけ合い、意見の相違があっても受け止めるようにすると、互いの関係性が良くなり、彼らの一言一言が物事の本質をとらえていることに気付く。


 翻って、自らが身を置く日々の環境はどうか。上下関係や「本音と建前」にとらわれ、会議では思ったことを言いにくい。毎朝カフェで1時間ほどつぶし、気合を入れ直してからようやく出社するというルーティンを、もう20年も続けている。


 神垣は言う。「定年まで働くことができる『勝ち組』の世界にどっぷりとつかり、安穏と生きてきた。でも周りには能力があるのに、さまざまな理由で動けない人がいる。明日はわが身かもしれないのに、目を背けてきただけなのではないか」


  ×  ×  ×


 庵のテーマを発案した川初真吾(かわはつしんご)(45)は4月、東京・新宿で街頭アンケートに立った。ひきこもりという言葉で連想される甘えや怠け者といったイメージが、世間の実相かどうかを確かめたかったからだ。


 「100パーセント自己責任なのでしょうか」。平穏な生活を送っているという20代の男性会社員は、しばし考えた後、言葉を継いだ。「最終的に一歩を踏み出すのは本人。それでも個人、会社、地域と、さまざまなレベルで何かができるんじゃないかな…」


 都会の雑踏に、見ず知らずの人たちをつなぐ声が響き合う気がした。(敬称略)

ひきこもり当事者のイベントを運営する川初真吾(左)と神垣崇平。誰もが無関係ではないからこそ、目を背けてはいけないと話す
ひきこもり当事者のイベントを運営する川初真吾(左)と神垣崇平。誰もが無関係ではないからこそ、目を背けてはいけないと話す

 

 

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