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ベジャール回想

2017.12.26 10:00
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モーリス・ベジャール(2002年撮影)
モーリス・ベジャール(2002年撮影)

 今年2017年は、フランス生まれの偉大な振付家モーリス・ベジャールの没後10年にあたっていた。また、彼が20世紀バレエ団を率いて行った初来日公演からはちょうど50年、さらに言えば後身のモーリス・ベジャール・バレエ団を設立してから30周年という節目の年だった。その記念すべき年の11月、モーリス・ベジャール・バレエ団は現・芸術監督ジル・ロマンの下、東京と西宮で来日公演を行った。

 Aプロがモーツァルトの歌劇に基づく「魔笛」、Bプロが「ピアフ」「兄弟」「アニマ・ブルース」「ボレロ」。そのほか、東京バレエ団との特別合同公演で「テム・エ・ヴァリアシオン」と「ベジャール・セレブレーション」を披露した。これらのうち「アニマ・ブルース」「テム・エ・ヴァリアシオン」「兄弟」がジル・ロマンの振り付けで、その以外はすべてベジャール自身の手になるもの。「ベジャール・セレブレーション」では、「わが夢の都ウィーン」や「我々のファウスト」といったベジャール名作の数々を抜粋で見せた。

 その舞台のすばらしさについて書く前に、いくつかの個人的な記憶について語ることを許してもらいたい。

 思い返せば、私が初めて彼の作品に接したのは1982年の20世紀バレエ団来日公演だった。そのときの公演プログラムを見ると、演目は「魔笛」「ベジャールのすべて」の2種類で、東京(2会場)、横浜、名古屋、神戸、大阪、福岡を回っている。公演数は16の多きに及んだ。

 名作集「ベジャールのすべて」の最後に置かれていたのは、今年の公演にもあった「ボレロ」(音楽はラヴェルの管弦楽曲)。81年に封切られた映画「愛と哀しみのボレロ」(クロード・ルルーシュ監督)の中で20世紀バレエ団のスター男性舞踊手ジョルジュ・ドンが踊ったのをきっかけに、この作品はバレエやダンスのファンの枠を超えて広く認知されるようになっていた。20世紀バレエ団はそうした盛り上がりの中で来日した。

 このときの「ボレロ」はジョルジュ・ドンと女性舞踊手ショナ・ミルクのダブルキャストだった。私が見た日は本来ミルクが踊る日だったが、彼女は何らかの理由で休演した。場内放送でミルクの休演が告げられたときのため息も大きかったが、ドンが代わりを務めると知らされたときの歓声は熱狂的といってよかった。カリスマ性に満ちたドンは私の目を引き付けて放さなかった。また、当時まだ若手だったジル・ロマンはマーラーの交響曲に振り付けられた「アダージエット」を踊った。その鮮烈な印象も強く残っている。

 その後も何度かベジャールの舞台を目にし、練り上げられた作品に毎回感服させられてきたが、2002年に彼と差し向かいでインタビューする機会がやってきた。01年の米中枢同時テロを受け、世界の著名な知識人に「歴史の転換点に立つわたしたちの生き方」や「対立と暴力を超える文明の在り方」を聴こうという連載企画(全31回)の中の1回だった。思想家や歴史家、政治家、ジャーナリストらに交じり、振付家のベジャールに登場してもらったのには、それ相当の理由がある。一つには忠臣蔵のストーリーをバレエ化した「ザ・カブキ」をはじめ、インドやイランなど、世界各地のさまざまな文明から受け取ったものを自己の創作に取り入れてきたからであり、また、イスラム神秘主義の「スーフィズム」に帰依しているからでもあった。東西文化に通じていて、哲学や宗教に感心が深い彼は、この企画にうってつけの人材だった。

 ベジャールが最初に精神上の師としたのは欧州に禅を普及させた弟子丸泰仙。その後宗教上の師になったのがイランのイスラム教指導者オスタド・エラヒだった。「彼らは同じことを教えてくれた」とベジャールは言った。「エラヒ師が重要だと考えていたのは物事の調和、人々やさまざまな宗教の調和だった。自己の調和を見つけることだった。同じこと

を禅も言っている。わたしにとって、宗教とは調和を目指すことであり、戦争をすることではない」。他の文化を理解するのに何が大事かという問にはこう答えた。「それが別の文化だなんて思わないことだ。わたしにとってみれば、シェークスピアと清少納言の間に区別などない。二人の偉大な作家というだけだ」

 寄り道が少し長くなり過ぎた。今回の公演に話を戻そう。

 私が見た日の「ボレロ」はエリザベット・ロスが主役。音色を変えながら執拗に繰り返されるメロディーをバックに、一見単純な、しかしよく考えられた印象深いステップを、最初から最後まで美しく踏み続けた。手の表情も多彩だった。この作品で、主役は終始舞台中央の丸い台の上にいる。照明の変化や群舞との絡みを経て興奮を高め、急激にクライマックスを迎えるという構成は単純といえば単純だが、人を引き込む力、心に訴える力の強さは比較するものがすぐに見当たらない。現代ダンスを代表する作品の一つだと改めて感じた。

 シャンソンの大歌手エディット・ピアフを題材にした「ピアフ」にはもちろん彼女の歌がいくつも使われていたが、ボルヘスの短編小説に触発された「兄弟」では、ピアフの代表曲の一つ「ラ・ヴィ・アンローズ(ばら色の人生)」が美空ひばりの歌唱で流れた。その不思議なつながりには思いがけない楽しさがあった。ベジャールなら言うだろう。「ピアフとひばりの間に区別などない。二人の偉大な歌手というだけだ」

 ベジャールの舞台を見るときはいつも、1982年と2002年の<二つの出会い>が心に蘇ってくる。(47NEWSエンタメ編集デスク 松本泰樹)