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第1部「能力至上社会を生きる」(4)常識の枠、超える力求め  21世紀の日本は「地獄」(教育の現場から①)

2018.7.9 12:04
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 「21世紀の日本がどうなっているか、『天国』と『地獄』のシナリオを出そうじゃないか」

 1984(昭和59)年に当時の首相中曽根康弘(なかそね・やすひろ)(100)の主導で始まった臨時教育審議会(臨教審)。21世紀に目指すべき教育を議論した第1部会で、部会長だった元資源エネルギー庁長官の故天谷直弘(あまや・なおひろ)は提案した。

 時はバブル景気にさしかかるころ。だが、専門委員として参加した政治評論家の俵孝太郎(たわら・こうたろう)(87)は「ばら色の未来を描く委員は、ほとんどいなかった」と述懐する。

 経済成長はいずれ終わる。少子高齢化も進み、日本社会は行き詰まる。そんな「地獄シナリオ」を前提として、来るべき平成の教育の輪郭は形作られていった。

 答申の内容は「個性重視の原則」という穏当なものだったが、関係者は「平等な教育より、優秀な子には卓越した能力を身につけさせたいというエリート主義がベースにあった」と指摘する。

 急速に国際化が進展し、委員の財界人らの間には「学力一辺倒の画一的な教育では、海外を目指す優秀な人材は育たない」との危機感があった。

 2006(平成18)年、未来のリーダー育成を目指して中高一貫の全寮制男子校「海陽中等教育学校」(愛知県蒲郡市)が開校した。英国のエリート校がモデルで、トヨタ自動車やJR東海など国内有数の大企業が出資し、初代理事長にはトヨタ名誉会長の豊田章一郎(とよだ・しょういちろう)(93)が就いた。

生徒らが「脱走」の際に持ち上げた鉄格子を示す金木健。事件後に留め具が付けられた=愛知県蒲郡市の海陽中等教育学校
生徒らが「脱走」の際に持ち上げた鉄格子を示す金木健。事件後に留め具が付けられた=愛知県蒲郡市の海陽中等教育学校

 協力企業の若手社員が生徒と同じ寮で寝食を共にし、兄貴分として濃密な指導に当たる。携帯電話を使わせず、休日も柵で囲まれた敷地外に出るのを制限するなど、厳しい教育方針で知られる。

 開校4年目、学校を揺るがす事件が起きた。当時の3年生(中3生)数人が警備員や防犯カメラの目をすり抜け、敷地外に「脱走」。校庭の片隅にある雨水排水用の重い鉄格子を持ち上げ、コンクリート製の管を伝って数百メートル先の海へと抜け出す大胆な手口だった。

 事件が発覚すると、生徒指導担当の金木健(かねき・たけし)(50)は当事者を怒鳴り上げた。万一、海水が逆流するようなことがあれば命の危険もある。ただ、内心では舌を巻いていた。

 生徒らは管に海水が入る可能性を考え、事前に干潮の時間を調べていた。警備員の行動パターンを把握し、その隙を突いた。バレーボール用の膝当てを着け、懐中電灯を手に狭い管の中を何十分もはって進んだ。ようやく校外に出て向かったのは、書店などのたわいもない場所。夜の点呼の時間までには寮に戻った。

 現在、同校の名誉理事長に退いている豊田。気掛かりは、海外の大学を志望する生徒数の伸び悩みだという。どうすれば、常識の枠からはみ出すような「異能の人」が育つのか。その答えはまだ見つかっていない。

 事件について水を向けると、ほおを緩ませた。「そんなことがあったのか。本当に抜けられたのか? いいんじゃないか。そりゃ、すごいな」(敬称略)

 バブル景気 1986(昭和61)年から91(平成3)年にかけ、51カ月にわたって続いた景気の拡大期。平成景気ともいう。低金利政策でカネ余りとなり不動産価格が高騰、89(平成元)年12月には日経平均株価が史上最高値を付けた。

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