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私たちの平成

バブル末期に始まった平成は、残り1年あまりで幕を閉じます。 効率性や生産性の高さが個人の評価を決め、「自立した強い個人」が求められた時代。 能力を至上とする価値観は私たちの生き方をどう変化させたのでしょうか。

②失敗の責任、負うのは自分   市民権得た「人間力」(格差の現場から2)

2018.7.9 12:01
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 2017(平成29)年11月。凍える寒さの夜、ふんどし姿の男と白装束の女が祝詞を唱えていた。三重県鈴鹿市の椿大神社(つばきおおかみやしろ)で毎月行われる滝行。信仰は問わず、紹介者がいれば体験できる。若者の姿が目立ち、その数は100人を超える。野外に並んで順番を待ち、滝に入るのは十数秒。「人生に必要なのは刹那(せつな)の集中力。一丸となって今の自分を超えよう。皆さんは人間を高めるためにここに来た」。宮司が力強く呼び掛けた。
 自己啓発の場で多用されるようになった「人間力」。1989(平成元)年に死去した明治大野球部の島岡吉郎(しまおか・きちろう)元監督が好んで使った。主にスポーツの指導の際に「重要なのは技術だけではない」との趣旨で用いられていたが、次第に全人格的な能力を意味する“マジックワード”として市民権を得ていった。

明治大野球部の島岡吉郎元監督の出身地にある「人間力」と刻まれた石碑=長野県高森町
明治大野球部の島岡吉郎元監督の出身地にある「人間力」と刻まれた石碑=長野県高森町

 

 政府も触手を伸ばす。「自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」。2002(平成14)年、小泉純一郎政権で内閣府が設置した「人間力戦略研究会」が、初めて公式に人間力を定義した。バブル崩壊後の経済成長の行き詰まりと結びつけて、低下した人間力の強化が必要だと訴えた。
 「社会人基礎力」06(平成18)年、「学士力」07(平成19)年―。国はその後も次々に新しい「能力」を打ち出す。
 こうした動きを「国による人間の規範化」と著書で批判する京都外大講師の伊多波宗周(いたば・むねちか)(39)は「一人一人が自らの判断で能力や意識を高める『自分磨き』を行わなければならず、失敗すればその責任は自身が負うべきだ、という主張が一般化した」と分析する。
 「もちろん4人で引っ越して生活したいよ。でも、無理がある」。東京都の男性アルバイト(41)は、スマートフォンに残るパートナーからのLINE(ライン)メッセージと、3歳の息子と1歳の娘の写真を見つめた。
 01(平成13)年の大学卒業時は就職氷河期。消費者金融に就職したが、延滞者からの集金業務で、担当していた老人の自殺に耐えきれず、退社した。その後派遣社員となり、電子機器の回路設計や修理業務に従事。雇用は不安定で「派遣切り」にもあった。電気関係の入社面接も複数受けたが失敗。それまで身につけた技術は、「即戦力」の要求の前では何の役にも立たなかった。
 転職のたびに下がる収入。現在は飲食店でのアルバイトで月十数万円。家賃を除けば手元には4万円程度しか残らない。2人の子を生んだパートナーは生活苦を理由に出て行った。
 時々思うことがある。「戦争は嫌だけど、社会がひっくり返るような大災害でも起きたら…」
 だが、現実を前にすると責めは自分に向かう。大学では友人より就職活動に熱心ではなかった。過酷な仕事に耐えきれなかった。派遣先では社員に反抗し、首を切られた。「結局、自分の力がなかったということか」。大きくため息をついた。(敬称略)

 派遣切り 業績悪化などを理由に、人材派遣業者との契約を企業が打ち切り、派遣労働者が仕事を失うこと。2008(平成20)年のリーマン・ショック後に頻発し、労働者支援のため「年越し派遣村」が開設されるなど社会問題になった。

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