メニュー 閉じる

47NEWS

社会

社会

私たちの平成

第1部「能力至上社会を生きる」(1)安住すれば取り残される  未来予測にも背中押され(格差の現場から①)

2018.7.9 12:00
Share on Google+ このエントリーをはてなブックマークに追加

 初対面の男女が互いをののしり合い、時に褒め合う。その場にいた約30人一人一人が、全員の前で自分の欠点や「あるべき姿」を叫ぶ。「みんなで自分を変えていこう」

 1996(平成8)年秋、秋田県から上京し、大学生だった女性(41)は東京都内で開かれた「自己啓発セミナー」に参加した。「自分の価値が分からない」。長年漠然と抱えてきた劣等感を解消したかった。

 3日間のプログラムを終えた時は、全員で涙を流して抱き合った。「自分が変わった」と皆が目を輝かせた。しかし、その後は勧誘のノルマが課せられ、駅前の公衆電話で友人への連絡を強要された。「結局、商売に利用されているだけだった」。疑問を感じ、数カ月後に退会した。

 バブル景気が膨らみ、そしてしぼむころ。生きづらさを抱える若者を吸収し、組織を肥大させたのは新興宗教のオウム真理教も同じだった。95(平成7)年には約1万人の信者がいたとされる。だが、無差別殺人へと突き進んだ教団は解体に追い込まれる。自己啓発セミナーの多くも急速に勢いを失っていった。

オウム真理教の第7サティアン跡地(手前)と富士山=2017年12月、山梨県富士河口湖町(共同通信社ヘリから)
オウム真理教の第7サティアン跡地(手前)と富士山=2017年12月、山梨県富士河口湖町(共同通信社ヘリから)

 オウム事件以降、自己啓発の市場は実務的な能力を高める「自分磨き」へと軸足を移し、拡大していく。

 2017(平成29)年11月の夜。都心にそびえる43階建て高層ビルの一室に、働き盛りの男女約90人が集まった。「あなたのセールスが10倍アップする営業のチカラ」。演題が投影されたスクリーンを前に、経済評論家の勝間和代(かつま・かずよ)(49)が熱っぽく語りかける。「セールスは農業と同じ。時間をかけて収穫するものなんです」

 「断る力」などの自己啓発本を著した勝間が主催する「勝間塾」の月例会。講義やメール形式の課題を通じて、塾生たちは仕事や生活に役立つ能力を磨こうと真剣だ。勝間をロールモデルに成功を目指す人々を意味する「カツマー」は、09(平成21)年の流行語大賞にもノミネートされた。
 1300人いる塾生の1人、埼玉県の薬剤師田辺典子(たなべ・のりこ)(43)は「知らない人と積極的に話し、SNSに顔写真を出してやりとりするなんて、以前の自分には想像もできなかった」と振り返る。

「勝間塾」の月例会で塾生に語りかける勝間和代=2017年11月、東京都港区
「勝間塾」の月例会で塾生に語りかける勝間和代=2017年11月、東京都港区

 勤務先の診療所では薬剤師は自分ひとり。現状に安住したままでは、時代に取り残されるのではないか、と不安になる。「少子高齢化」「人工知能が仕事を奪う」。世間を飛び交う憂鬱(ゆううつ)な未来予測にも背中を押され、13(平成25)年に入塾した。近ごろはコミュニケーション力や論理的思考力が着実に身に付いてきたと実感している。

 「能力を高めれば、個々人がそれぞれの人生をコントロールし、豊かに暮らせる」と勝間は言う。とはいえ、努力すれば誰もが成功者になれるのだろうか―。そんな記者の疑問に笑顔で答えた。「うまくいかないとしたら、やり方を知らないから。やみくもはだめ。『正しい努力』をすればいいんですよ」(敬称略)

  ×  ×  ×

 バブル末期に始まった平成は、残り1年弱で幕を閉じる。「1億総中流」を支えた終身雇用が崩壊し、急速な人口減少で国の未来は見通せない。時代は「自立した強い個人」を求めるようになり、効率性や生産性の高さが個人の評価を決めていく。能力を至上とする価値観は、人々の生き方に一体何をもたらしたのか。平成を生きる「私たちの物語」をたどる。

 オウム真理教 松本智津夫(まつもと・ちづお)死刑囚がヨガサークルとして設立。松本サリン、地下鉄サリン事件を起こした。宗教法人の認証を受けたのは1989(平成元)年。弁護士一家殺害事件を起こすなど教団の犯罪集団化において象徴的な年だった。

最新記事

関連記事 一覧へ