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子どものいま未来

いじめ、不登校、虐待や貧困。子どもたちをめぐり山積する課題に、教育や福祉の最前線で取り組む専門家・支援組織の活動を追う

(17)スクールソーシャルワーカー 子どもと家庭の困難支える 傍に寄り添うだけでも

2018.8.8 17:45

 スクールソーシャルワーカー(SSW)という耳慣れない職名の人が学校や地域で働いている。不登校やいじめ問題への対応のため、文部科学省も配置を応援している。社会福祉士の 長汐道枝 (ながしお・みちえ) さんは2008年から東京都府中市のSSWを務める。仕事から見える子どもや家庭の姿、学校現場の課題を聞いた。

 福祉と教育の間で

 SSWの仕事とは?

 「市教委からは最初『福祉と教育の接点で活動してほしい』と言われました。具体的には『学校が困っていることがたくさんある。それを改善するように福祉的な視点で働きかけてほしい』と」

学習支援の先生と話す長汐道枝さん=東京都府中市の教会
学習支援の先生と話す長汐道枝さん=東京都府中市の教会

 長汐さんによれば、社会福祉士は子どもの最善の利益のために活動するから「学校のために」という要請とは矛盾することもある。「二つの価値の間を泳ぎ回るようにして活動してきました」

 スクールカウンセラーと違って「相談待ち」ではない。外に出る。

 まず問題がありそうな子と直接会い、状況をつかむ。福祉サービス申請が必要なら窓口に同行する。「背景にひとり親家庭の貧困があるケースが多い。生活保護を受けられるのにやり方が分からない。窓口の対応に傷つき、諦めてしまう。そんなとき私たちがそばにいるだけでも違います」

 子どもに発達上の問題があるケースや母親・家族が精神的に病んでいるときは医療への橋渡しも。

 「でも最大の仕事は社会資源の開発です。子どもにとって必要なこと、あったらいいなということをつくっていく」

 不登校の場合、学びを保障する手段としてフリースクールもあるが、学費は安くなく、ゆとりのない家庭は選択できない。「だから無料で教えるところをつくりました」

 市内のカトリック教会に事情を話し、土曜の教室を実現させた。先生は信者の中の教職者。これとは別に、息子の非行で苦しんだ経験のある女性も週2回、教えてくれる。

 困難な子こそ「希望の学校」への道

 こんなケースも。夫のドメスティックバイオレンス(DV)で離婚後、資格を取って就職した女性が退職せざるを得なくなった。自信を失って自殺未遂。小学生の男の子が通報して一命を取り留めた。

夫からのDVを受けていた女性(中央)は長汐道枝さん(右)の手助けでこの寺で数日を過ごし、落ち着きを取り戻した。左は住職=東京都府中市の永福寺
夫からのDVを受けていた女性(中央)は長汐道枝さん(右)の手助けでこの寺で数日を過ごし、落ち着きを取り戻した。左は住職=東京都府中市の永福寺

 学校給食のない週末、その子を含め、満足な食事が取れなくなる恐れがある子たちへ、生協の食材を配る。

 そんな長汐さんに今の学校はどう見えるのか。

 「学校は子どもにこうなってほしいと考える。福祉は逆。子どもはありのままでいいんだよというのが出発点です。そこから『あなたは何をどうしたいの』って聞いて手伝う」。そうして初めて、学校に来られない子たちの多様な困難が見えてくる。

 「学校は子どものつらさ、抱えている問題に寄り添ってほしい。そして、学校との関係で苦しい状況にある子たちの価値や良さを認める学校に変わってほしい。そんな子たちこそ、希望の学校をつくるエネルギーになると思います」

 

最後に望んだことをやってあげた 最重度の子の学校 

 長汐さんは教員として特別支援教育の道を歩み続け、定年後、スクールソーシャルワーカーに転じた。30~40代には東京都小平市の 国立精神・神経医療研究センター病院 に入院する子の院内学級で教えた。「全国的にも最重度。ほとんどの子が呼吸器を付けていた」

 筋萎縮症の小6男子を修学旅行に連れて行ったことがある。唾液がのどに詰まって窒息する恐れがあり、絶えず吸引しなくてはならない。そんな最重度の子をどこへ?

 「日本武道館です。希望を聞いたら、サンプラザ中野くんのコンサートに行きたいと言うので」

 親と医師、看護師2人、教員2人が同行した。だがコンサートを最後まで聞くことはできなかった。近くに取ったホテルの部屋に引き揚げ、スタッフが夜通しケアをした。

 3カ月後に亡くなったとき、母親が泣きながら話した。「この子が最後に望んだことをやってあげられた。私は満足です」

 重い病気の子にとっての教育とはなんだろう。

 「人権だと思います。目も見えず、耳も聞こえない。感じるのは痛みだけ。そんな状態の子が、面会に来たお母さんに『あやちゃん、来たよ~』って言われると反応する。顔が輝くんです。その子に何が伝わるか考え、弦楽器や太鼓といった波動が伝わる物を教材にしました」。長汐さんもギターを習ったという。

 「ひとりひとりの子に合ったオリジナルのメニューを目指さなければならない。そう学びました」

 

「一口メモ」貧困 

 ある小学校の保護者参観日。長汐さんがひとり親家庭の男の子に話しかける。「お母さん、今日は来るかな」。「こんなとこに来るわけないよ」と男の子。「来ないの?」「お母さん、えらいんだ。朝はスーパーで仕事しておむすびを持って帰って来る。家でちょっと寝て仕事に行って、夕方からはお総菜屋さん、夜はまた別の仕事だよ」

 子どもはそんな母を尊敬している。だが、貧困こそが働きづめの毎日を強い、子どもの食事の用意も十分にできない状況に陥らせているのだ。

 

「記者ノート」今しかないこのときを

 院内学級で最重度の子どもたちに教えた話をうかがって、私は「コストはかかりますよね」と酷薄な感想を差し挟んだ。長汐さんは「そうです。だから研修で来た若いドクターなどにはよく言われました。『こんなにぞろぞろ先生がいるけれど、いま普通の学校が大変なんだから、そっちに行く方が将来的に有益でしょう。もったいない』って」
 長汐さんはどう返したのか。「そういうことを目的にしているんじゃありません。この子にとっての一生は今しかない。だから私たちが精いっぱいでできることを、この子たちのためにすること。これは人権です」(共同通信編集委員・佐々木央)=2015年11月配信

 

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