五輪の運動促進効果に疑問 専門家「関心を行動に」 国民への働き掛け必要

▽レガシー
五輪やパラリンピックの開催地では「レガシー(遺産)」と呼ばれる有形無形の成果が残ることが望まれる。東京都は共生社会に向けたまちづくりや経済活性化に加え、スポーツを「する・みる・支える」が多くの人の日常になるのを期待。都民のスポーツ実践率を70%に高め、2030年に世界最高水準にするのを目指す。これまでの五輪でも同様な「身体活動レガシー」が期待された。鎌田さんはシドニー大のエイドリアン・ボウマン教授らと過去約30年、15大会の誘致時の資料を調査。08年の北京五輪以降に住民がスポーツを実践し、身体活動量を増やすことがレガシーに掲げられるようになっていた。
ただ実際の効果はあまり明確ではない。チームは過去の8大会を対象に「運動促進効果」がどの程度あったかを調べた。
▽変化なし
分析に用いたのはスポーツ実践率や、身体活動や運動を習慣としている人の割合、日常生活で1日にどれくらいの歩数を歩くかといった住民の統計データ。すると前回の16年リオデジャネイロ五輪では、身体活動や運動習慣が開催前後でほとんど変化していなかった。
12年のロンドン五輪、10年のバンクーバー冬季五輪、02年のソルトレークシティー冬季五輪、00年のシドニー五輪、1996年のアトランタ五輪も同様の結果。これら6大会は運動促進につながらなかったようだ。
98年の長野冬季五輪では、開催後に国民のスポーツ実践率が高まっていた。ただウインタースポーツに限って分析すると、開催前後で目立った変化はなかった。

「日本選手らの活躍を見てスキーを始めた人が増えたのではなさそうだ」と鎌田さん。手軽な健康手段としてウオーキングが人気になった時期と重なっており、これが要因の可能性がある。
▽リフレッシュ
北京五輪でも身体活動が増えた可能性があるが、データが少なく明確な結論は出なかった。鎌田さんは「中国政府は国民の運動を促す施策を打ち出しており、長期的な取り組みが変化につながったのかもしれない」とみる。
一方、ロンドン五輪の際にどんな言葉がネットで検索されたかを調べると、「オリンピック」の検索は開催から1年で急激に減ったが、「運動」の検索は数年にわたって持続していた。
「五輪が運動への関心を高めることは間違いなさそうだ」と鎌田さん。「ただ東京五輪は開催決定から今日に至るまで、国民の関心を行動につなげる戦略的な取り組みがみられなかった。非常に残念だ」と振り返る。
新型コロナウイルス流行の長期化で「コロナ太り」も懸念される。鎌田さんは「通勤などで歩く機会が減った一方で、意識して運動に努める人も増えている。まずは1日5分でもいいのでリフレッシュの時間として運動を生活に取り入れてほしい。国や自治体、企業の支援も必要だ」と話す。
研究結果は英医学誌ランセットに掲載された。(共同=吉村敬介)