懐かしい歌に身体が反応 音楽療法で認知症に効果 家族にも介護のやりがい

▽すかっとする
「今日も暑いですね。海で泳ぐのは上手ですか」。音楽療法士の飯塚三枝子さんはそうあいさつした後、唱歌「われは海の子」の前奏を弾き始めた。グランドピアノの前に並んで座っていた元会社員の
安達春雄さん(68)は伴奏に合わせて歌いだす。20分ほどの間に「花嫁」「あの鐘を鳴らすのはあなた」など、12曲を歌い上げた。
「あっという間です。考え事も忘れるから、すかっとする。毎日でも来たい」と安達さん。見た目は健康そうな壮年男性だが、妻の奈々子さんによると、3年前にアルツハイマー病と診断された。一時はカラオケで歌詞を追えず、全く歌えなくなったという。音楽療法を続けるうちに、タブレット端末に表示される歌詞を見ながら、なめらかに歌えるようになった。

この日が4回目の受診という若年性アルツハイマー病の別の男性(68)は、体でリズムをとりながら「若者たち」など18曲を朗々と歌い「フォークソングは好きですね」とほほえんだ。付き添った妻は「以前より明るくなり、穏やかになった」と満足そうだ。
▽独自のメドレー式
音楽療法を提供する飯塚さんは、高齢者施設などでの経験から、集団で鈴などを持たせて、童謡ばかりを歌わせる音楽療法に疑問を持った。個人の人生に根ざした曲を、カードをめくるようにメドレー式に歌う「フラッシュソングセラピー」を独自に考案。同センターの神経内科と共同で研究を続け、自由診療として2009年から患者に提供している。
これまでに約200人の認知症患者に実施。14年に海外の学会で発表した報告によると、若年性アルツハイマー病患者8人に週1回のセラピーを16回行ったところ、不安や暴言といった周辺症状は大幅に改善。見当識など認知機能についても4人で改善がみられた。
中には、認知症が進んでほとんど反応がなくなった70代女性が鍵盤を指でたたき、音楽に合わせてひょうきんな表情を作った例も。67歳の重度認知症の女性が旅行先のハワイで聞いた「アロハ・オエ」が奏でられるや夫のほうに向かって歩きだし、踊るしぐさをすることもあった。
▽日本の文化
飯塚さんは「音楽がいかに人を元気づけ、身体反応を引き出すか、日々実感している」と話す。

ただし、脳の中に発症前から音楽が詰まっているのが治療の前提だという。その点、日本は音楽文化や教育が充実しており「童謡や唱歌、歌謡曲、演歌、テレビの主題歌など、あらゆるジャンルの音楽で満ちている」という。飯塚さんは患者の年代に応じて流行した曲を調べ、施術時に反応を確かめながら曲目を選ぶ。
同センターで10年以上、音楽療法に携わった尼崎だいもつ病院の中村道三脳神経内科部長は「音楽は記憶や感情と直結している。歌うことで自分の歩みを思い出し、自信を取り戻し、不安から逃れて幸福感につながる。家族にとっても、介護のやりがいにつながる」と話す。
ただ、現状では健康保険の対象になっていないことなどから実施している医療機関は少なく、どのように普及させるかが課題だ。(共同=戸部大)