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医療新世紀

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「病、それから」井上淳さん(東京電機大助教)工学で障害者応援したい

2019.5.4 0:00

 大学で福祉機器の研究開発に取り組む井上淳さん(36)は、20歳の時、脊髄腫瘍というまれな病気で下半身に障害を負った。膝から下の感覚がないため、歩くのにつえを使い、つまずき防止の装具を着けている。まひがある人たちが生活で感じるさまざまな不便を工学で何とかしたい。そんな思いが研究の原動力だ。

 ×   ×   ×

 大学1年の冬。模型同好会の部屋に「続きは明日」と作りかけのプラモデルを置いて帰ったんです。でも次に部屋へ行けたのは1年後でした。

 ▽立てないんだな

 翌朝起きたら、両足の爪先から指の付け根くらいまでまひしていて、救急車で病院へ。お医者さんから「脊髄腫瘍がある。取るけど結構大きいので、恐らく一生車いすになる」と言われました。

 その時は「え、そうなの」くらいでしたが、母親が帰り、夜に病院で1人になったら、もう立てないんだなと思って。初めて涙が出てきました。

 手術は14時間。腫瘍は良性でした。麻酔からさめたら両親がのぞき込んでいる。腰から下の感覚が全くなくて「脚、付いてる?」と聞いたら、母親にすごく泣かれて、悪いことをしたなと…。

 退院まで半年くらいリハビリです。足を持って動かしてもらうところから、つえで歩けるようになるまで。腰から膝までは感覚が戻りましたが、今も膝から下の感覚がありません。

 復学し、6年かけて卒業するまでに、障害のある人の助けになる物を作る研究者になろうと決めました。進路の選択肢がある時期にまれな病気をした、この偶然の経験を世の中の役に立てられるかもと思って。

 ▽「違和感」計測

 もう15年「下肢装具」を着けています。何もしないと靴の中で指が丸まって、足先が上がらずにつまずいてしまうので、足底を板で平らに保つ装具です。

 独特な歩き方になるので、初めは違和感がありました。研究者になってから「あの違和感は何だったんだろう」と、重心の移動を計測してみました。理系人間なので数値が見たいんです。違和感と数値を突き合わせれば、それを解消する設計が出てくるだろうと。

 結果は、指先に力が全くかかっていなかった。そこで、底が一枚板でなく、指の付け根から先が上にだけ曲がる装具を考えました。これを着けて歩くと重心の移動や筋肉の活動が健常人に近づきます。

開発した装具を持つ井上淳さん
      開発した装具を持つ井上淳さん

 プロなら気付きそうなので「さすがに特許は取得されてるよね」と思って探したら、なかった。当事者の研究者が少ないせいでしょうか。患者にも「不便だけどもういいや」との諦めがあり、訴えないからかもしれません。

 でも、働き盛りで脳卒中になり、まひが残ったような人には、自然な歩行に近くなる装具を使って歩く速度を回復してほしい。人生を諦める必要はないと思います。特許出願して、今は一緒に使いやすい製品にしてくれる企業を探しています。

 ▽実用化しないと

 一人の当事者として病院の先生や患者さんと話すと、いろんな困り事を教えてもらえます。今後は、糖尿病で足の感覚がない患者さんの靴擦れ対策として、靴の形を変えると足にどう圧力がかかるかを予測するシステムを作りたいです。

 この分野は実用化しないと駄目。研究には高価なセンサーを使いますが、最後は安く簡単な製品にする技術を磨きたい。

 自分が生活で感じる不便が研究につながるので、モチベーションが下がることはそんなにありません。これも障害のおかげ。良くもあり悪くもありって感じですが。

(聞き手、写真・井口雄一郎)

◎井上淳(いのうえ・じゅん)さん 1982年千葉県生まれ。2008年千葉大卒、13年に早稲田大で工学博士号を取得後、現職。高齢者や障害者の助けになる技術開発がテーマ。脳卒中の後遺症などで体の片側がまひした人が独りで歩行練習できる補助器具などを開発した。

◎脊髄腫瘍 背骨の中を通る神経や周辺にできる腫瘍。頻度は10万人に1~2人。良性であることが多いが、腫瘍で神経が傷んだり圧迫されたりすると体に痛みやしびれ、まひが出る。手術で摘出するほか放射線や抗がん剤を追加する場合もある。

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