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医療新世紀

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「病、それから」 先崎学さん(将棋棋士) 「必ず治る」道しるべに

2019.2.26 0:00

 将棋の先崎学九段(48)は才能豊かな棋士として知られているが、2017年にうつ病を発症し、約1年間休場した。回復までの日々を赤裸々に描いた「うつ病九段」(文芸春秋)を出版、話題を呼んでいる。人気棋士はどう病気を乗り越え、元気を取り戻したのだろうか。

先崎学さん
        先崎学さん

 ×   ×   ×

 体調がおかしいと感じたのは6月23日でした。なぜ正確に覚えているかというと前日が47歳の誕生日で、とても楽しい一日を過ごしたからです。

 朝、頭が重く、疲れが取れません。一時的なものかと思ったのですが、日に日に眠れなくなり、えたいの知れない不安に襲われて、対局にも集中できません。精神科医の兄に相談すると、すぐ飛んできました。

 ▽死への距離

 病院で検査を受け、うつ病と診断されました。その後も回復のめどは立たず、駅のホームから電車に飛び込むイメージが日に何十回も頭の中を駆け巡ります。兄のアドバイスもあり、7月、入院しました。

 このころはうつ病の全盛期で、頭がボーッとして体はフワフワ。死までの距離も近く感じました。藤井聡太七段の連勝記録が話題だった時期ですが、ブームになっていたことも知りません。8月初めの自分の対局は指したいと思っていましたが、結局、治療に専念することになりました。

 入院中、看護師さんと一度だけ将棋を指しました。普段はアマチュアの方とは飛車や角の大駒を落として指すのですが、この時は(落とさない)平手で、それでも勝つのがやっと。自分が将棋を指している感覚がなく、初めての経験でした。

 ▽価値がある

 約1カ月で退院し、リハビリ期間に入りましたが、とにかく疲れやすく、プロ復帰には大きな不安がありました。

 10月、女流棋士2級の高浜愛子さんとボクシングジムで汗をかいた後、焼き鳥屋に行きました。仲間と会うのは久しぶり、と話すと、「光栄です」と言われ、感激しました。自分はまだ価値がある存在かと思うとうれしく、この言葉を忘れることはないと思います。復帰しよう、という思いが湧いてきました。

 それからひたすら将棋を指しました。簡単な詰み筋が分からず、現役は無理では、という不安もありました。また、7手詰めの初心者向けの問題集が解けず、死ぬよりつらいときもありました。うつ病は脳の病気であることを実感しました。

 ▽指が震えた

 携帯電話に兄から連日のようにLINE(ライン)が来て、「必ず治ります」という激励がとても心強かった。

 病気のことをまとめてみてはという兄の勧めもあり、本を書き始めました。時間的余裕もありましたが、何より生産的な仕事がしたかった。原稿用紙にコツコツ書いて、2カ月半ほどで仕上げました。淡々と事実を書きましたが、出版後は多くの反響がありました。同じ病で苦しんでいる人には、治る病気だと伝えたい。本を読み、前向きに感じてくれた人が多いことはうれしく思います。

 18年4月1日付の復帰が近づき、早く指したい気持ちの一方、緊張感もありました。7月、叡王戦の予選で高橋道雄九段に勝ち、ようやく白星をつかみました。相手が勝手に転んだのですが、勝った瞬間は妙な気分でした。小指も震えていたように思います。

 将棋はストレスのかかり方が普通でなく、紙一重の実力の世界です。でも指すことでうつを乗り越えられたのだから、指し続けるしかありません。今はすっかり元気になりました。

(聞き手・津江章二、写真・萩原達也)

◎先崎学(せんざき・まなぶ)さん 1970年青森県生まれ。87年、17歳で将棋のプロ棋士四段に。「羽生世代」の一人として活躍、91年、全棋士参加のNHK杯で優勝した。トップ棋士が参加するA級順位戦に2期在籍し、2019年度からC級1組所属。才気あふれる棋士として知られ、著書多数。

◎うつ病 憂鬱な気分が毎日続き、無気力となって興味や喜びが感じられなくなる精神疾患。厚生労働省の患者調査によると2014年に治療中の患者は約73万人で05年より10万人近く増えた。自殺を考えるなど重症の場合は入院治療が必要。

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