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「病、それから」ハウス加賀谷さん(お笑い芸人)自分受け入れ、笑いに幅 

2017.3.7 9:31
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 お笑いコンビ「松本ハウス」のボケ役、ハウス加賀谷さん(43)の芸人人生は、持病の統合失調症とともに浮き沈みしてきた。17歳でデビューし売れっ子に。しかし病状悪化でコンビを解消。10年を経て念願の復帰を果たすも、台本を覚えられず苦しんだ。「そのままで行こう。かえって面白いぞ」。相方・松本キックさん(48)の言葉で力みが取れた。自分自身を受け入れたら、笑いの幅も広がったという。

「病、それから」ハウス加賀谷さん(お笑い芸人)自分受け入れ、笑いに幅
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 2000年に精神科病院の急性期病棟に入院しました。一番具合の悪い人が入る所です。統合失調症、昔の呼び方だと精神分裂病と言われて「ああやっぱり」と思いました。周りの人が僕を「臭い」と言っている幻聴を最初に聞いたのは中学2年のとき。入院直前は妄想がひどくてスナイパー(狙撃手)に命を狙われていると思っていました。

 もう治療に専念するしかないと母親に連れられキックさんに会ったとき、キックさんは「芸人をやりたくなったら5年後でも10年後でもいいから言ってこいよ」と声を掛けてくれたそうですが、全く覚えてないです。

▽水の中のよう
 7カ月の入院で幻覚は治まりましたが、無気力になる「陰性症状」や薬の副作用がしんどくて。顔の表面に薄い膜がぴたーっと張り付いた感じ。人と話していても水の中にいるみたいで現実感がない。5、6年は家に引きこもっていました。

 デイケア仲間に聞いた新薬のことを先生に話したら、少しずつ少しずつ切り替えてくれた。その新薬が僕に合いました。

 意欲も出てきて、芸人に戻りたい気持ちが大きくなった。社会性を付けるのに役立ちそうなアルバイトを幾つかやって、いよいよキックさんに電話で「またお笑いがやりたい」と言いました。入院からほぼ10年。感極まって泣いちゃいました。

▽忘れてもいい
 ただ予想と違って、09年にコンビを再結成してからが大変でした。まずセリフが覚えられない。舞台でものすごく緊張する。緊張したとき飲む薬があるんですが、副作用が「健忘」なんです。大事なところでエアポケットに陥って頭が真っ白。昔はもっとできたのにと焦りました。でもキックさんはある日「忘れたら忘れたと言えばええ」と。

 そしたらお客さんも笑ってくれて。昔の自分と比べるのは意味がないんだ、人生の新しい章が始まったんだと自分を受け入れられるようになりました。アリのように少しずつですけど、できることは増えています。

▽焦らず諦めず
 4週間に1回、精神科に通院しています。処方された薬を飲んでいる限りは安定した「寛解」だと言われています。漠然とした不安や理由が分からない落ち込みを感じたり、街で人の視線を感じてつらくなったりは今もあります。帽子やサングラスで人と目を合わせないようにしたりして気持ちをリセットします。

 統合失調症の話をしてくださいと講演の機会をいただくことが増えて、キックさんともう200回以上やっています。大事だと思ってお伝えしているのは、主治医の先生に相談せずに薬を調整してはいけないということ。これは僕が勝手に断薬をして(入院するほど)悪くなったから。あとは焦らない。そして決して諦めないことです。

 松本キックさんの話 復帰後、僕ら2人が「素」の加賀谷を受け入れられるようになるまで3年ほどかかりました。20代の頃の切れ味は鈍ったが、その鈍さも持ち味になり、笑いの幅は増えたと思っています。松本ハウスならではの世界観を追求していきたいです。
(聞き手・吉本明美、写真・牧野俊樹)

◎ハウス加賀谷さん 1974年東京生まれ。91年に「松本ハウス」を結成しテレビやライブで活躍。99年活動休止。闘病の軌跡は松本キックさん執筆の「統合失調症がやってきた」(イースト・プレス刊)、「相方は、統合失調症」(幻冬舎刊)の2書籍に詳しい。近年は講演活動にも力を注いでいる。

◎統合失調症 一つの目的に沿って思考や感情をまとめる(統合する)能力が低下する精神疾患で幻覚や妄想などの症状が特徴。発症頻度は100人に1人弱で思春期、青年期に多い。原因は不明だが、ストレスが発症の引き金の一つとされる。

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