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「病、それから」金哲彦さん(プロランニングコーチ) 走る喜び、意味が変わった 

2017.6.6 11:15
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 マラソン選手として現役時代に2時間11分台の記録を持つプロランニングコーチ金哲彦さん(53)には、生涯忘れられないレースがある。2007年7月、オーストラリアのゴールドコースト・マラソン。記録は自己最低の5時間42分だった。

 ×   ×   ×

 その11カ月前に大腸がんを手術したばかり。膝の外側が痛み、最後の12キロは歩いてゴールしました。途中で完走できそうだと分かったら、うれしくてね。「ああ、またマラソンランナーに戻れた」という気持ちでした。

 ▽周囲には伏せた
「病、それから」金哲彦さん(プロランニングコーチ) 走る喜び、意味が変わった

 がんが分かったのは06年の夏、42歳でした。ハーフマラソンを走った帰り、新幹線のトイレで大量下血をしたのです。

 01年まで監督をしていた実業団の陸上部が休部になり、翌年、市民ランナー中心のクラブを設立しました。独立後はかなりストレスのある生活でしたが、体調は悪くなかった。下血後に内視鏡検査を受けたら「即手術です」と言われ、目の前が真っ白になりました。思えば2年ほど前の人間ドックで、便の潜血反応が出て「要再検査」と言われていました。それががんのサインだったとは思いもしませんでした。

 開腹手術後12日で退院し、8月末の北海道マラソンのテレビ解説をしました。傷が痛み、スタッフに「痩せましたね」と言われたけれど、がんのことは伏せました。

 スポーツ選手だったので、敗者になりたくないのですね。がんになってかわいそう、と思われたくない。周囲に悟られまいと、手術の痕が痛くても腹筋運動とかやっていました。粋がっていましたけれど、内心は不安でした。

 ▽遺言のつもりで

 がんはステージ3で、大腸壁から外へはみ出していました。5年生存率70~80%と聞いて、再発や転移の不安が消えることがありませんでした。

 パソコンを開くと同じ病の方のブログとか、どうしても見てしまう。「しばらくアップがないなあ」と思っていたら亡くなっていたと知り、自分もそうなるのかとまた不安に駆られる。

 手術をした年、ランニングのハウツー本を書いてみないかと言われて、「3時間台で完走するマラソン」を書きました。ランナーとして自分が培ってきたものを全部詰め込んだ本です。がんには触れず、編集者にも話しませんでした。遺言のつもりで書きましたが、ランナーに「バイブル」と呼ばれるほどのロングセラーとなりました。

 ▽痛みがうれしい

 手術から数カ月後、少しずつ走り始めました。痛みはあるが、気持ちいい。病を忘れます。

 ゴールドコースト・マラソンを完走できたのはすごく自信になりましたね。「自分はがん患者だ。でも同時にマラソンランナーなのだ」という気持ち。精神的にバランスが取れ、前向きになれました。

 09年11月、つくばマラソンで3時間を切りました。完全復活です。その直後、がんで手術を受けたことを告白した「走る意味」という本を出版し、周囲からも「カミングアウトしたからにはまだ死なないよね」と言葉をもらいました。

 命に関わる病を抱えると、人生の陰りを感じるようになります。「走る喜び」の意味が変わります。ゴールドコースト・マラソンの途中、膝が痛くなったときに、うれしいのですね。自分は脚が痛くなるぐらい走れている。こんな経験はありません。病を得る前とは全然違う感覚です。

 昨年はフルマラソンを13回走りました。ハーフが4、5回かな。走ることが生きることにつながる。幸せです。

(聞き手・軍司泰史、写真・萩原達也)

◎金哲彦さん 1964年北九州市生まれ。早稲田大時代、箱根駅伝でエースとして2連覇に貢献。87年別府大分毎日マラソン3位。リクルート陸上部でコーチ、監督を歴任。NPO法人ニッポンランナーズで市民ランナーを指導し、マラソン解説でも人気。

◎大腸がん 長さ約2メートルの大腸にできるがん。高齢化や食生活の欧米化などを背景に増加している。粘膜の表面に発生し、大腸壁へと侵入していく。早期はほとんど症状がなく、進行すると血便や下血などが現れる。発見には便潜血検査が有効。

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