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「病、それから」杉山新さん(元Jリーガー) 自分の価値、見つめ直した 発病後にプレーが充実

2018.6.26 11:00
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 元Jリーガーの杉山新さん(37)は、1型糖尿病を発病後にレギュラーに定着し、チームのJ1昇格に大きく貢献した。引退後の昨年、同じ1型の子どもを励まそうと、スペインのトップチームで活躍する同病のサッカー選手を訪ねる旅に出た。

杉山新さん
       杉山新さん

 ×   ×   ×

 発病は2003年、23歳の時です。風邪だと思いましたがだるさが治まらず、四つめの病院で1型糖尿病と分かりました。血糖は正常値の10倍近く、すぐに入院でした。

 ▽練習生で再出発

 J1の柏レイソルで結果を出せず、J2のヴァンフォーレ甲府に移った直後。半月板損傷や足の骨折もしていた。1型が生活習慣病でないとは知らず、チームの健診を受けていたのになぜ、という思いでした。

 年末のチームの提示は「契約金ゼロ」。次の契約はないという意味です。幸運にも練習生としてキャンプに参加できたものの、チームに必要な選手であることを証明できなければ解雇。病気を思い悩んで下を向く暇はなかった。血糖は自己管理できると分かったので、リハビリ中、走るたびに血糖を測ってインスリンの注射量を決めてキャンプイン。何とか契約を更新できました。

 それまでは給料をもらってプレーするのが当たり前でしたが、発病後は一年一年が勝負。プロ選手としての価値を高めたい一念で、自分を見つめ直すことになりました。

 ▽子どもと出会う

 朝食抜きの食生活は改め、きちんと3食にする。試合前に軽食を取り、血糖が少し高めになるようにインスリンを打つ。低血糖になると手や舌が震えます。そうしたらすぐスポーツドリンクで糖分を補う。周囲に気配は見せなかった。後方の守備位置から前線まで駆け上がる運動量が自分の持ち味で、倒れたら使ってもらえない。

 04年は約20試合に出場。05年はプレーも充実して病気は気にならなかった。40試合以上に出て、J1昇格を懸けた入れ替え戦はお世話になった柏が相手。何が何でもと頑張って完勝しました。生涯のベストゲームです。

 現役時代は一選手として評価してほしかったので病気のことではメディアに出なかった。啓発に取り組んだのは34歳で引退した後、1型の子どもたちと話をする場に呼ばれたのがきっかけです。

 病気のせいで自信のない子がいて、人目を避け保健室やトイレで注射を打つ話も聞きました。大人で発病した自分も他人の目を気にした時期がある。子どもはもっと大変だろうと。周囲の理解が足りないと感じました。

 ▽壁は越えられる

 自分に何ができるだろう。考えるうち、スペインの強豪レアル・マドリードに12歳で発病したナチョという1型の選手がいることを知りました。

 世界最高峰のチームの一員として、観客8万人のスタジアムでプレーする姿を見れば、子どもたちもきっと何かを感じてくれる。募金が集まって昨年末、1型の子5人とともにスペインへ行くことができました。

 ロッカールームに入るナチョと直接話せたのは偶然です。子どもたちはユニホームにサインをもらってぽかーんとしてましたね。満席のスタジアムで観戦した試合では、ディフェンダーである彼がゴールを決め、スタンドに向けて手でハートマークをつくってくれた。奇跡かと思いました。

 まだまだこの病気には社会の壁がありますが、子どもたちには壁は越えられること、何にでもチャレンジできることを伝えたい。多くの人に1型糖尿病のことを少しでも知ってもらいたい。活動を続けるため支援者と日々、相談しています。

(聞き手・由藤庸二郎、写真・萩原達也)

◎杉山新さん 1980年埼玉県生まれ。99年柏ユースからトップチーム入り。2003年甲府に移籍。攻撃的右サイドバックとして活躍。大宮、横浜FC、岐阜などを経て15年引退。現在はさいたま市のサッカースクールや私立高校でコーチを務める。

◎ 1型糖尿病 膵臓の細胞が壊れ、血糖を下げるホルモン「インスリン」が分泌できない病気。生活習慣の影響が強い2型と異なる原因不明の自己免疫疾患。小児から若年での発症が多い。生活で変動する血糖をインスリンの自己注射で管理する。

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