認知症「言葉」で思いやり 心を傷つけない表現を 共生社会に近づくため

▽「患者」に憤り
認知症はさまざまな要因で認知機能が低下した状態。薬の影響や体の不調など改善可能な要因もあるが、アルツハイマー病など根本的な治療ができないケースが多い。
「治せない人を患者と呼ぶのには違和感がある」と大石さん。別の病院からの紹介でセンターを受診した人が「前の先生に『ニンチの患者』と言われた」と憤っていたことがあるという。
好きな車の運転ができなくなると伝えられたのがきっかけ。大石さんは「アイデンティティーを否定された上に患者扱いされ、悔しい思いをしたのではないか」とみる。
特にケアや介護の場では、患者でなく「認知症のある人」「認知症とともに生きる人」と表現するのが望ましいと指摘する。
▽略語
行動や心の変化を表現するときにも注意が必要だ。目的なく歩き回っているように思える「徘徊(はいかい)」や、食事や薬の「拒否」といった言葉には、介護する側にとって「迷惑だ」という意識が透けて見える。
大石さんが介護施設の入所者を診療した際に、看護師さんから「易怒(いど)性があるので向精神薬を処方してほしい」と言われた。「怒りっぽい」を意味する用語だ。「何かの理由があるのではないか」。そう考えて本人に聞いてみると、入所時に眼鏡を取り上げられて周囲がよく見えず、常にいらいらしていることが分かった。
ガラスのレンズが割れると危ないとの配慮が逆効果に。割れにくい眼鏡を家族に持ってきてもらうと怒りは消えた。
「ニンチ」に加えて「不穏」「拒食」「拒薬」など略語を使う医療介護関係者は多い。「他人に自分のことを略語で語られたら誰だって傷つくに違いない」と大石さんは話す。

「問題行動」や「異常行動」とひとくくりにまとめると、背景にある理由が見えにくくなる。英アルツハイマー病協会は2018年、「前向きな言葉・認知症を語るガイド」と題した冊子で、「苦悩による行動」「チャレンジング(何かを訴えかける)行動」と言い換えるよう提案している。
決めつけや単純化を避け、ていねいな言葉で表現するのが基本原則。その人が「できないこと」でなく「できること」に重点を置くよう求める。カナダやオーストラリアでも英国のような指針づくりが進む。「日本にもそうした指針が必要だ」と大石さんは話す。
国などの認知症施策では介護する側の「負担」を減らす必要性が指摘される。だが当人にしてみれば「負担を与えている私」を常に意識させられる表現に他ならない。
「なかには介護を通じてつながりを確かめ、支える喜びを感じる家族もいる。社会的なマイナス面ばかりでなく、認知症とともに生きる人が前向きな思いを抱くことができる言葉が必要だ」と大石さん。「国や自治体の関係者、教育やメディアに関わる人たちも、自分たちが普段使っている言葉を見直してほしい」と訴える。(共同=吉村敬介)