メニュー 閉じる メニュー

サモア国籍で目指す東京五輪 レスリングの赤澤岳

2020.3.14 10:30 共同通信
サモアの首都アピアで、東京五輪出場を目指して練習に励むレスリングの赤澤岳=2019年10月(共同)
サモアの首都アピアで、東京五輪出場を目指して練習に励むレスリングの赤澤岳=2019年10月(共同)

 

 南太平洋の島国サモアの首都アピアにある簡素な運動施設で毎日早朝と日没後、黙々とレスリングの練習に励む日本人の青年がいる。赤澤岳、29歳。国籍変更を申請し、サモア代表として東京五輪のレスリング男子フリースタイル65キロ級への出場を目指している。(共同通信=板井和也)

 幼い頃から五輪で金メダルを取るのが夢だった。剣道に熱中していた小学6年の時「五輪に出られる競技に取り組みたい」と遠縁の元マラソン選手瀬古利彦さん(63)に相談すると「レスリングなら友人に金メダリストがいる」。ロサンゼルス五輪金メダルの富山英明さん(62)を紹介されたのがきっかけだ。

 富山さんに勧められた京北中(東京、現東洋大京北中)に進学し、たちまち頭角を現す。花咲徳栄高(埼玉)に進み、ジュニアオリンピックやインターハイで優勝した。

 富山さんが監督を務める日本大に進んだが、けがに泣かされた。スポンサーも見つからず、卒業後は強豪のロシアへ。トレーニングを積み、ビザ(査証)が切れるたびに帰国、アルバイトで貯金しては戻る生活を約4年間送った。全日本選手権には出場していたが、代表への道は遠かった。

 夢が断ち切れぬ中、親しいロシア選手が旧ソ連諸国などに国籍を変えてリオデジャネイロ五輪に出る姿を見て「俺も変えてみるか」と思い至る。

 「あまりレスリングが盛んではなく、予選を通過しやすい地域」と考えて浮かんだのがアフリカとオセアニア。サモアでは中学時代の英語教師が国際協力機構(JICA)の派遣で柔道を指導していたことを思い出し、連絡すると現地の教え子3人を紹介してくれた。

レスリングのサモア代表として東京五輪出場を目指す赤澤岳(左)と妻のシナバレーさん=2019年10月、アピア(共同)
レスリングのサモア代表として東京五輪出場を目指す赤澤岳(左)と妻のシナバレーさん=2019年10月、アピア(共同)

 

 彼らを頼りに2017年6月にサモア入り。実業家でもあるサモアレスリング協会のジェリー・ウォルワーク会長(51)に熱意を訴えると、支援を申し出てくれた。18年6月には紹介で知り合った現地の看護師シナバレーさん(24)と結婚。定住の基盤が整った。

 「スポーツと言えばラグビー」のサモアでレスリングを根付かせる夢もあり、10代の4人の指導も担う。東京・表参道育ちの都会っ子だが「娯楽もほぼないからこそレスリングに集中できる」と笑う。

 サモア政府が3月までに国籍変更を認め、予選を勝ち抜けば、東京五輪への切符をつかめる。「国籍は書類上の話で中身はあくまで日本人。戦う舞台が変わるだけ」と前向きだ。「サモア代表として五輪に出て日本人と対戦できたら面白いじゃないですか」

レスリングのサモア代表として東京五輪出場を目指す赤澤岳=2019年10月、アピア(共同)
レスリングのサモア代表として東京五輪出場を目指す赤澤岳=2019年10月、アピア(共同)

 

 川口さんや猫さんら 国籍変更し五輪出場

 レスリング男子フリースタイル65キロ級の赤澤岳のように、日本国籍を変更し他国代表として五輪出場を目指したアスリートはこれまでにもいる。

 フィギュアスケートの川口悠子さん(38)は女子シングルの選手だったが、1998年の長野冬季五輪でロシアペアの演技に感動し、99年にペアに転向。2003年からロシアを拠点とし、06年にはロシア人と組んだ。09年にロシア国籍を取得。翌10年、ロシア代表として出場したバンクーバー冬季五輪では4位に入った。

 タレントの猫ひろし(本名・滝崎邦明)さん(42)はバラエティー番組でマラソンに挑戦後、本格的に取り組むように。10年にカンボジアで出場したハーフマラソンで3位になり国籍を変更した上での五輪出場を打診された。11年にカンボジア国籍を取得。いったんは同国代表が決まった12年のロンドン五輪では出場が見送られたものの、16年のリオデジャネイロ五輪に出場し、完走者140人中139位だった。

 04年アテネ五輪の体操男子で団体総合制覇に貢献し、日本初の親子金メダリストとなった塚原直也さん(42)は13年にオーストラリア国籍を取得。リオで4度目の五輪を目指したがかなわず、引退した。

 
 

 

 「国技」ラグビーが人気 サモア、W杯の常連

 レスリング男子フリースタイル65キロ級の赤澤岳が生活する南太平洋のサモアで、最も人気のあるスポーツは「国技」とされるラグビーだ。大柄で身体能力に優れた選手が多く、ワールドカップ(W杯)には2019年の日本大会まで8大会連続で出場を果たしている。

 「サモアではいつでもどこでもラグビーがプレーされている」と話すのは同国ラグビー協会のビンセント・フェプレアイ最高経営責任者(55)だ。サモアにラグビーを持ち込んだのは欧州のキリスト教宣教師ら。歴史的につながりの深いオーストラリアやニュージーランドでも盛んなことが、サモアでも根付くきっかけとなった。

 だがサモアには大きな産業はなく、スポンサーも不在。ラグビーはプロスポーツでないことから、有力選手の多くは日本を含む海外のクラブチームに所属する道を選び、人材の流出が続く。このため代表メンバーがそろって練習する時間は取りづらく、組織プレーに難があると指摘される一因ともなっている。

 最近は、恵まれた体格に由来するパワーを生かすことができる重量挙げも人気だ。08年の北京五輪では女子75キロ超級でエレ・オペロゲ選手(34)が2位となり、サモアに初の五輪メダルをもたらした。

ラグビーW杯1次リーグの日本戦前、伝統の踊り「シバタウ」を披露するサモア代表=2019年10月、豊田スタジアム
ラグビーW杯1次リーグの日本戦前、伝統の踊り「シバタウ」を披露するサモア代表=2019年10月、豊田スタジアム

 

 サモア 南太平洋のサモア諸島西部のサバイ、ウポルなど9島から成る。人口は約20万人。約90%がポリネシア系で、伝統的な社会制度を保つ。1962年、南太平洋地域で最初に独立。97年に国名を西サモアから「サモア独立国」に改称した。サモア諸島の東側にあるのは「米領サモア」。主要産業は農林業や漁業で、観光が大きな収入源。ニュージーランドなどへの移民からの送金が国家財政に大きく貢献しているとされる。「国技」とされるラグビーを通じて日本との交流も盛ん。